太麺焼きそば 矢島製麺所

005.jpg201010212147473e3.jpg                                     ここ数年川越で流行っているものに「太麺焼きそば」があります。

元川越JCの手島さんが自分の店で始めて、連馨寺や大きなイベントに屋台を出してから爆発的に売れて、今では各地のお祭屋台で必ず食べることができるほど定番食品になっています。
 暖簾を作って頂いている「矢島製麺所」に、そのルーツがありそうです。
川越市志多町は旧川越市内の裁判所近くで、川越近郊は小麦が良く採れるのか、市内にうどん製麺工場はたくさんありますが、ここは見るからに老舗という感じの製麺所であり直売所です。
 業界の仕入れ、個人客ともひっきりなしの出入りで、矢島製麺所をタイトルにしたブログも数多く掲載されているので、この店の繁盛ぶりが良くわかります。
 暖簾の基絵はどなたのデザインか聞いてきませんでしたが、軒下のれん、店頭幕ともいかにも川越らしさが判るすばらしい意匠だと思います。

出雲乃伊波比神社のお祭り

CIMG1955.jpgDD3_6155 ☆.jpg  埼玉県北西部、荒川流域に東武東上線の男衾駅というのがあります。ここの寄居町赤浜地区にある、小被神社または男衾(どちらも おぶすま)神社ともいわれる出雲乃伊波比(いずものいわひ)神社のお祭りが7月に盛大に開催されました。半纏は十番天竺という生地、着丈90cm、茶色に背紋は黒で赤濱と染めました。

 変わっているのは帯で、通常は生地を折って8cmくらいのいわゆる帯状にしたものを巻くのですが、赤濱では手拭を半分折りした様な3m*18cmくらいの太いものを締めます。
 

池辺鎌足稲荷神社の奉納幕

003.jpg                                            川越市西部池辺地区にある鎌足稲荷神社自治会様より奉納幕のご注文をいただきました。
川越水上公園の外周道路沿いに古びた社があったのは覚えていましたが、このお稲荷様がこんなに有名だったとは知りませんでした。お稲荷様といえば商売の神様といわれるくらいで、縁起の良い赤い鳥居で知られますが、神様の使いである白狐もつきものです。今では狐自体が神様としてあがめられています。
 しかし、キツネ蕎麦、稲荷寿司と呼ばれ、油揚げが付けば何でもキツネ○○になるのは何ででしょう?
ともかくつい最近までこの地味な鎌足稲荷は関東一円でパワースポットとして知られ参拝客が押し寄せたといわれています。詳しくは長沢利明様の「民俗学の散歩道」というブログに詳細に紹介されています。
 

 1885年建立というから本当に古びていましたが、2013年9月5日にすっかりリニューアルされて見違える様になりました。また今までの幕の紋は白麻生地製で宝珠が三つで三角形になる配置でしたが,今回は11号帆布の白生地に、焔玉といい、大きな玉の上に火焔が燃えている様な紋が一つづつです。社殿の正面が六メートル左右に1mづつ回り込み製作年月日と建設委員一同の名前が入りました。
 

 

謝罪の王様

558038_362359830537351_555193794_n.jpg  BSで「舞子はーん」を観たついでに、「謝罪の王様」行ってきました。脚本は大石静に匹敵するであろう宮藤官九郎。生まれながらの愛嬌のあるペットのような芸達者の阿部さだヲの映画にハズレはなく、アニメの動きを実写版で見せるかのような台詞と身体能力が今回も多いに笑わせます。どんなトラブルにも土下座で謝り倒してしまうのが、半沢直樹以来、社会現象の土下座ブームに更に火を注ぎそうです。
 始めから全開で飛ばすので「泣くもんか!」の時にも感じた、後半になってストーリーが間延びした風に思えるのが少々残念です。エンディングのEガールズとEXILEのダンスが、座頭市やインド映画のように流行ると楽しいです。それにしても毎回劇中でブリーフ一枚でのアクションが今になっても妙に頭から離れません。
 

川越祭 山車保有町内半纏

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  今年も10月19,20日の土日曜日に川越祭りが開催されました。今回旧市街の山車の出場は15基、宵山には一等地に陣取った各町内の山車に提灯が灯り、朝から延々と続く居囃子が切れ目無く演奏されお祭り気分が高まります。
 昨年の山車屋台祭礼交流会に続き、本年は山車保有町内協議会の半纏を作って頂きました。生地は綿紬、着丈95cm、納戸色という浅黄色より濃く、しかし紺より醒めた日本の伝統色です。背紋は「川越」と黒文字で入ります。

川越市池辺の熊野神社 幟と奉納幕

 
P1000730.jpg                                           P1000729.jpg                                             川越市西部の池辺熊野神社氏子会様で幟と奉納幕を作って頂きました.

 奉納幕は通常地が染まっているものは、富士絹という光沢のある紫の布に紋を二カ所と奉納という文字を染め抜きしていますが、今回は最近開発されたポリエステルの太シボ縮緬という、大きな凹凸(シボ)と絹以上に鮮やかな光沢のある生地で染めました。一度作れば何十年と使われるものなので、絹の弱点である虫に食われて穴があく心配と皺が目立たない、色が褪せないという長所があります。サイズは横720cm、縦140cmです。
 幟は河内木綿という柔道着のような厚い木綿生地に文字を染めます。強風に負けない様に「ち(耳)を片側25個付けます。昔の人は達筆ですね。古い幟をなぞって写しました。サイズは横90cm高さ10.5mです。
 

熊野神社解説は神社マニアのアレン様の受け売りです。                                 川越市に熊野神社は四つあります。池辺(いけのべ)という場所は、元々は池辺村という村でしたが、1889年(明治22年)4月1日 に大塚新田村、南大塚村、豊田本村、豊田新田、池辺村が合併して大田村が発足。
1943年(昭和18年)11月3日に大田村と日東村が合併し、大東村が発足し大田村は消滅。
その後1955年(昭和30年)4月1日に大東村は川越市に編入され現在に至っております。
この辺りは、入間川の右岸に位置し、開けた水田地帯です。
地名の池辺(いけのべ)は大きな池の傍らに開かれた事に由来するそうです。

 

寿町白山神社の幟

011.jpg008.jpg                                              本殿は、覆屋内にあり、直接間近でみることは出来ません。 社伝によると、武田信玄の家臣 山口長左衛門が祀った神社で、古くは喜多院の境内にありましたが、仙波東照宮の造営に伴いこの地に移されたそうです。

 川越市寿町白山神社氏子会様よりご注文いただきました。昔の幹線道路で二車線の国道16号旧道に面している為、幟が大きい為全容を見ることが難しいです。鎮守御祭禮と読むのでしょうか?古い幟をなぞって書き写しましたが、昔こんな達筆で大きな文字をどんな筆で書いたのでしょう。歩いている人と比較すると巨大さが判ります。
 生地は河内木綿という極厚の木綿地に黒い染料で染めました。巾100cm高さ11mです。ち(ミミ)は25個づつです。大抵の幟や奉納幕は最初に明治時代に作ったと思われますが、将来の記憶の為に最近は復元した年号を書く様にしています。
 奉納幕は木綿のバンテンという生地に左三つ巴紋が黒で染めています。

イラストレーター藤田新策

  image.jpgimage2.jpg小野不由美の5巻組「屍鬼」を読んでいて、、毎回表紙装画を見ていて、不安な不吉な感じを持っていて、小説にぴったりのイラストだなと思っていました。そういえば宮部みゆきの「模倣犯」も長編でしたが、毎日見ていた表紙画にも同じ印象を持ったことを思い出し、誰が描いているのだろうと調べ寺たら、藤田新策というイラストレーターでした。装画,挿絵の世界では超メジャーで、スティーブン・キングダニエル・キースの表紙を飾っていて、描いた絵は1000冊を超えているというから驚きです。本屋でミステリーの本を探していると、なんとなく怖いもの見たさの不安感を持って、背表紙のディティールなど見てしまうことは、いままで何度もあったはず。

 1956年静岡県生まれ、武蔵美出身、1989年スティーブン・キング「ペットセメタリー」(映画にもなりました)から装画活動が始まりとのことです。
 絵はたいてい物語の一場面を描いているのだが、何層にも絵具を重ね、遠くまで見渡せるのに、その現場で起きていることはわざと見せない、日が暮れるのか、朝になるのか判らない薄暮に、音の聞こえない寂寥感が滲みます。ドラマ「ツインピークス」「Xファイル」をはじめて見たときのテーマ曲が耳を離れないアレです。

小野不由美 「屍鬼」

名称未設定-1.jpg 新潮文庫より文庫本長編5冊セット。オリジナルハードカバーは上下刊です。小野不由美というペンネームからして不吉なです。先週読んだ、誉田哲也の「妖の華」というデビュ-作っぽい小説が、吸血鬼物だったので、偶然にも続けて伝奇小説を読むことになりました。
 屍鬼と人間の登場人物は150人にものぼり、夫々の生い立ち、性格、家族、屍鬼になるまでの過程など人物描写が細かく、一流作家らしく物語の進行にもそつがありません。
 舞台は三方を深い樅の森林で囲まれた人口1300人の外場村(卒塔婆村)、墓地は土葬、祭は虫送りと呼ばれ、真夜中松明を持った鬼の面をかぶったユゲ衆と呼ばれる女人禁制の若衆が卒塔婆を背負って練り歩く。という横溝正史小説のようなおどろおどろしい設定です。
 現代なのだが、住人はほとんど村内で生活が完結していて、新居に越してきた住人は昼間外出することなく、出歩くとしても、夜のみといのが只者でない予感がします。
 映画トワイライトもそうだが、吸血鬼はやはり美男美女が定番なのだが、屍鬼では本家屍鬼以外はほとんど一般人でカリスマ性は薄い様だ。医者と坊主の2大主人公が変節してゆく様子が楽しく、小説中に更に小説を書いていく手法は新鮮でした。伝奇小説は入場料を払って入るお化け屋敷のようなもので、怖いもの見たさに奥へ奥へと進んで行く感覚が5冊セットで味わえるのは大変なお値打ち度でした。

島根県隠岐郡海士町保々木見の手拭い

保々見手ぬぐい入稿データ [更新済み]のコピー_edited-1.jpg羽田空港から飛行機で鳥取・米子鬼太郎空港へ、そこからバスとフェリーを乗り継いで約6時間半、島根県隠岐の島に豊かな自然に囲まれた素敵な町があります。
  海士町(あまちょう)は島根県隠岐郡である。隠岐諸島島前三島のひとつ・中ノ島に位置する。面積33.5平方キロ、世帯数1,100世帯、人口2,451人(2007年8月末)。
 島のホームページで見た「島の幸福論24の提案」はブータン国王の提案する国民総幸福指数にも匹敵する斬新な発想です。

  • この島で生まれて、この島で育ち、あるいはこの島へ来て生活をし、最後旅立つ時に『ああ、海士町に住んでよかったな』という想いを持って自分の人生を終わる

    海士町のキャッチコピー『ないものはない』という言葉は、
    ①無くてもよい
    ②大事なことはすべてここにある
    という二重の意味をもちます。海士町は都会のように便利ではないし、モノも豊富にあるわけではありません。しかし、自然や郷土の恵みは潤沢で、暮らすために必要なものは充分あり、今あるものの良さを上手に活かしています。

    素直に『ないものはない』と言えてしまう、それこそが海士町の"幸せ"なのかもしれません。
    この手拭は海士町の保々見という地域の四季12ヶ月を、そこに暮らす人たちに消しゴム版画で募集したものを基にデザインされた、誰もが郷愁を覚える、しかしそこに住む人以外誰も手にする事が出来ない、幻のお宝手拭です。

 

 



 

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