荒木流軍用小具足(風呂敷、手拭い)

千葉明.jpg荒木流.jpg    敵の不意の攻撃に対して、一瞬を置かず居合わせて抜刀し、鞘離れの一刀で勝負を決める剣技が居合です。『居合』は双方抜刀した状態からの勝負である『立合』の対義語であり、「居」は"座った状態、立った状態、構えない状態"における"居ながらにして"を指し、「合」は"応じる、対処する"を意味します。すなわち、居ながらにして通常の状態である納刀状態から対処する剣技で、抜刀後の構えから始まる剣術とは異なります。納刀状態から応じる初太刀の「抜き付け」が居合の本質であり、初太刀が不十分であれば後に続く太刀打ちが優れていても居合の観点からは評価されない。納刀状態からの初太刀は極めて重要とされています。

 荒木流は初代荒木夢仁斎源秀縄がこれをはじめ、第四代赤羽一間多源信隣が 文化五年(西暦1808年)に荒木流軍用小具足として、棒、居合、長刀、捕手、柔、縄、太刀、槍、乳切木などの多種武術を取り入れた総合武術として後世に伝えてきました。特に居合においては、大小を用い、当流の生まれた戦国時代を 反映して、下からの斬り上げや、冑や陣笠をかぶる想定の中伝の業など、より実践的な業が多く残る特徴ある居合として現在も学ばれています。

 日本固有の文化を形成してきた剣の道の神髄を、居合道と古武道を通して、古からの教えを基に技と精神を道友と共に学び鍛え合い、時代の要求に応えられる形に昇華させ、後世に伝えることを目標に掲げて精進しています。私達の道場心剣会は横浜市権太坂に本部を置き、荒木流・夢想神伝流居合道を主体とし、さらに道場創始者である松尾剣風先生が残された古武道を加えて修練することにより、日本古来の武道精神の機微に触れ、古武道保存と流儀を継承すべく、研鑽、精進を重ねています。
 
       伝書保存資料は巻物一巻(荒木流軍用小具足)で技の伝承はいずれも口伝です。

                        代表師範 千葉 明

 

 風呂敷 二四幅 約90cm幅 ブロード

 手拭い 100c、 特岡

 心剣の揮毫は元内閣総理大臣池田隼人氏です。全日本居合道連盟の創立者であり初代会長です。 

武州河越仙波若波会(半纏)

仙波若波会半纏.jpg    武州河越仙波若波会は川越市仙波町の祭好きの会です。 
 仙波二郎安家の山車を紹介します。 川越祭が開催される埼玉県川越市内には現在約30台の山車がありうち10台が埼玉県指定の文化財、一台が川越市指定の文化財となっているほか、4台が市登録の歴史文化伝承山車になっております。
 人形作者:友永詔三  大工:岡本常次郎、福岡秀雄   彫刻師:岡本常次郎、友永詔三   見送り幕:松江まち          
 川越祭に参加する仙波二郎安家の山車は慶応年間から伝わる底抜け屋台がこの原型。地元の大工・岡本常次郎氏によって製作されたもので、今でも囃子台の軒にある龍、獅子、唐破風正面の鳳凰といった見事な大工仕事が残されています。 地元・福岡工務店の手で平成二年に回り舞台、四ツ車、舵棒つきの山車に改造。平成九年、友永詔三氏によって囃子台下のせいご台部分に十二支の彫り物が施された。 見送り幕は横浜の型絵染師・松江まち氏の作。そして平成十四年に町名にちなんだ仙波二郎安家の人形、二重鉾、迫り出し行燈型にして完成をみました。
 千波町の囃子は上尾の堤崎流です。川越祭の囃子は神田ばやしの伝統をうけつぎ大太鼓一人、締太鼓二人、笛一人、鉦一人をもって構成しております。

 演目は「屋台」「鎌倉」「昇殿」「四丁目」「にんば」など様々です。
 川越祭の山車の運行(曳行)は曲目の緩急に応じて狐、おかめ、ひょっとこ、狸、猿などの面をつけた踊りが舞われます。
 仙波町の囃子は仙波囃子保存会が演奏しています。

カフェ 川島(のれん)

IMG_1876.jpg121785407_171153601325134_1525938107983737728_o.jpg   川越の老舗料亭川島で10月より昼間にカフェを始めました。

 通常料亭では玄関に暖簾は出しませんが、川越観光がてら気楽に入りやすいようにカジュアルな暖簾をかけて敷居を低く感じさせます。昼時はランチもありますので、お座敷でゆったり気分でくつろげそうです。
 

開店時のブログよりご紹介します。

『 早いもので10月になりました。

この季節はさまざまな食材が実り、収穫を迎えます。旬の素材を色濃く扱う懐石料理は腕の見せ所ですね。

ただ寂しく思うのは、収穫に感謝するお祭りが全国で中止になっていることです。川越祭りも今年はありませんが、氷川神社の例大祭は行うと聞いてますので様子を伺えればと思ってます。

写真は川島で新しく始めたカフェの暖簾です。

川島では予約制の懐石料理とは別に、予約なしでふらっとご利用いただけるカフェを始めました。11:00~18:00で行ってますので宜しくお願い致します。』

割烹/カフェ 川島

https://www.kawagoe-kawashima.com/

埼玉県川島町 こかばの会(半纏)

スクリーンショット (14).jpgkokaba.jpg
   川越市に「かばの会」という太鼓クラブがありました。
 その会で太鼓指導をしていた砂川さんが、隣の川島町八ツ保地区で太鼓クラブ「こかばの会」を発足しました。
 写真は2017年当時のもので、奈良県国民文化祭なら大会太鼓の祭典に埼玉県を代表して出演した時のプログラムです。半纏は2013年に染めたもので大人用は着丈85cm、身巾65cm子供用はそれぞれ65cm*50cmです。「こかば」という単語を偶然耳にして、ヤフーで検索したら二個だけヒットしました。会の皆様のご活躍をお祈りします。
 彦兵衛.jpg   昔から米屋さんは街中にたくさんありますが、芋屋さんは見たことがありませんでした。いもスイーツ店はあるかもしれませんが生いも専売は川越初?埼玉県初?日本初?でしょうか。
 川越市中台にあるさつまいも専売の直売所です。
 中台通りという街道には広大なさつま芋農園が並んでいます。秋には観光バスで幼稚園や団体客で大きく賑わいます。彦兵衛様は数年前まで観光いもほりもしていましたが、近年は小売り専門になりました。
 営業は10時〜17時  毎年9月中旬〜12月上旬まで
 /埼玉県川越市中台2-1-29 /TEL049-242-6182/FAX 049-290-5295です。

農園/江戸時代の寛永15年(1638年)頃より、川越中台にて代々農業を営んでいます。昭和35年からいもほり観光を始め、現在も9月から10月は幼稚園のいもほり観光を行っております。2004年からは川越いもの直売所を設け、毎年12種類ほどの品種を販売しております。(現在、個人のお客様のいもほり観光は行っておりません。)

栽培方法/土の中では多くの微生物がお互いのバランスをとって生きており、その「力」を借りてさつまいもも育ちます。私たちは土作りに力を入れ、よりよい環境を作れるよう努力しています。また小さな子どもたちが手や足を直接触れることを重視し、安全で環境にやさしい農業を行えるよう心がけています。

https://hikobei.com/

DSC_1104 (2).jpg 1961年4月8日 川越市立南古谷中学校と古谷中学校を統合して川越市立東中学校として開校しました。

 令和二年はコロナ禍により業式は簡素に、入学式も2か月遅れで行われたようです。さらに今年は開校60周年記念式典が挙行されます。若いイチゴ世代の中学生には、これはこれで楽しい思い出話になればいいですね。東中学校校長の言葉に胸が熱くりましたので紹介させてください。

田中晃校長より生徒の皆さんへのメッセージです。

入学、進級おめでとうございます。
 令和2年度が始まると期待していたところですが、新型コロナウイルスによる感染拡大が世界的に広がり、令和元年度からの学校の休業がずっと続いています。年度初めの取組ができないままに2か月が終わってしまいますが、このような過去にない大きな出来事の中で、自分と家族、そして仲間を守るために、心美しく協力していくことが何より求められています。感染拡大防止のために家庭での生活を自覚と責任を持って自律して行えるよう、皆さんにはしっかりと耐え、今だからこそ考えなくてはならないことや、今まで気づかなかった日常のありがたさや感じていなかったさまざまな価値を認識していけることを願っています。新しい学校生活が早く始まり、日常を取り戻し、豊かな学校生活が送れるよう、心に留めておいて欲しいことをお話します。
 それは「想像力を鍛える」ということです。皆さんは4月、希望と期待に満ちあふれていたところだと思います。その時、このような事態となることを誰が想像したでしょうか?今までの経験したことのないことにこれからどうなるのか、その時に自分はどうしていくべきか考えてみましょう。
 私たちは何かに対して考えてイメージを持つことができます。その想像力を鍛えることで、そこに向かう力がますます強くなります。より高いところを目指したり、人の気持ちをよく考えたり、こういう人になりたい、と強く思ったりするためには、豊かな想像力が必要です。人はその豊かな想像力で常に新たな時代を創り出してきました。新しい生活が始まるこのときに東中学校で想像力豊かに、新しい自分を創っていってください。
 そして、皆さんの傍らには何時も皆さんを見守り、大切なことを教えてくれる先生方がいます。悩みが生じたり、困ったことがあったりしたら先生方に相談してみてください。きっと良い答えを導いてくれることと思います。
 本校の学校教育目標は『自ら学び考え、主体的に行動する心豊かな生徒』です。この目標には具体的に五つの願い、生徒像が描かれています。
一つ目は「自ら」の中に込められた「自主性」。これは物事に対し自ら積極的に取り組むということです。
二つ目は「学びに向かう態度」、学習意欲です。人それぞれ違いはあっても、勉強に頑張って取り組もうとする気持ちが大切である、ということです。
三つ目は「思考力」。これは、難しい問題や課題に対して知恵を絞って考えることです。
四つ目は「主体的な行動力」。これは、人任せにせず、自分でよりよい道を判断し、それを表現する力、そのように先ず取り組むことです。
そして五つ目は「自分を大事にすると同時に他人を思いやること、そして郷土を愛する豊かな心を持つ」ということです。
 これらの五つを実現させるには、学校教育目標を皆さん一人一人の心の中に刻み込み、常に意識して行動していくことが大切です。東中生が目指す生徒像『胸をはり、瞳輝く東中生』ということばに誇りを持って、この一年様々な物事に取り組んでいきましょう。

川越市立東中学校長
田中 晃

「のぼり」は田中校長がイラストレーターでデザインされ、当店で木綿にシルクスクリーンで捺染しました。60*180cm。校内外の行事に幅広く立てる予定です。

川越いも あらはた園(のぼり)

arahataenn.jpg   今年もサツマイモ収穫シーズンの9月~11月上旬の間、市内の観光農園で芋掘りを体験することができる「芋掘り観光」が行われています。

 「九里四里(栗より)うまい十三里」といわれる川越の名物、サツマイモ。江戸時代、日本橋から川越札の辻までが十三里(約52キロ)あったため、それにひっかけてサツマイモが「十三里」と呼ばれるようになったという説があります。


 川越でサツマイモの栽培が始まったのは江戸時代中期。8代将軍徳川吉宗の命を受けた青木昆陽が、飢饉対策としてサツマイモ栽培を推進。それをきっかけに江戸で焼き芋がはやり、川越藩と隣接する村々(現在の川越市、所沢市、狭山市、ふじみ野市、新座市、三芳町周辺)でも栽培が盛んになった。そこで収穫されたものを川越城主が10代将軍徳川家冶に献上した折り、その質の良さをたたえ「川越いも」と名付けられ、サツマイモの最高級品として江戸の人々の間に広まったといいます。
 さらに今上天皇が幼稚園の頃、川越にさつま芋掘りに来られたことから「いもほり観光」が盛んになったことによります。

 川越いもは川越地方で栽培されているさつま芋の総称、ブランドであり川越いもという品種があるわけではありません。
 川越市内で栽培される主な品種は「紅あずま」「クイックスウィート」「紅まさり」「高系14号」「紅赤」など。現在特に多く栽培されているのが果肉が黄色くホクホクした食感の「紅あずま」です。

あらはた園 
 埼玉県川越市南大塚6丁目12番地34

 080-1160-1234

 https://arahataen.net/

一番だし株式会社(帆前掛け)

 一番だし.jpgATT00049一番.jpg

出汁(だし)は、調理の材料やその煮汁を指す言葉で、出汁の文字通りの意味は"出した汁"です。出汁は、広く日本の伝統料理で使われており、原料となる食材によって味が変わります。

 一般にもっともよく使われるのが、昆布かつおです。また、この2つを合わせたものもあります。

 一番だし株式会社は全国から厳選された煮干しを取りそろえ、こだわりのラーメン店に卸す煮干しに特化した総合乾物問屋です。
 老舗乾物店に長年勤めてきた知識と経験を活かし、質の良い乾物を1年を通して提供できるよう目指してまいります。
 現在は配送中心ですが、準備が整い次第、川越卸売市場での店頭販売も開始する予定です。

 ご注文はもちろん、どんな風味の乾物がほしいのか、どんな出汁を取りたいのか、などもお気軽にご相談ください。たくさんの種類の煮干しから、お客様の求める逸品を見つけだします。

一番だし株式会社

 〒350-1168 埼玉県川越市大字大袋650  川越卸売市場内 5区画

 049-238-1166 

帆前掛け 長サイズ 47*70cm ポケット2個付き

     短サイズ 47*47cm ポケット2個付き

狭山市 大國鮨(手拭い)

大國鮨絵.jpgdaikoku.jpg    大國鮨狭山. 東京中野区新井薬師の大國鮨で修行13年、狭山の地で独立開店して早27年の江戸前鮨 の寿司屋です。

 味わったお客様が自然と笑顔になる、そんな料理をご提供いたします。

 店頭でのご飲食のほか、お持ち帰り、宅配、出張調理も承ります。

 店内に飾られている魚の水彩画は店主によるもので、一つ一つのイラストにメッセージが書いてあります。またテーブルを彩る箸袋にも多くの種類の魚が描かれています。
 この魚の絵、書体がほとんどプロの腕前で、「原色日本の植物図鑑」レベルです。
 手拭の図案、文字も店主が描かれたもので、鯛の活きのよさ、文字の多様、文書力、レイアウト、色遣いなど細部へのこだわり、集中力が伺えます。左の絵を基に型を彫り、注染で染めました。

    埼玉県狭山市広瀬東4-8-6 電話04-2954-6255
 営業時間:月、火、木~日、祝日、祝前日: 11:00~22:00 (料理L.O. 22:00 ドリンクL.O. 22:00)
 定休日:水

haruta.jpg    
近代社格の府県社とは、明治期から第二次世界大戦終結まで使われていた、日本の神社の社格を表すものの一つであり、総称。東京・京都・大阪では府社、それ以外は北海道も含め県社(縣社)と呼ばれる。

 府県社は一般的に、官幣社(大社中社小社)・国幣社(大社中社小社)の下に位置づけられ、郷社・村社の上の格付けとなる。他に、別格官幣社などもある。

 官国幣社は総じて、複数の県にまたがるか、あるいは全国規模で古来よく知られた、崇敬されてきた神社や、明治期に創建された重要とされた神社が指定される。

 それに対して、府県社は、その都道府県のみにおいて、有力な神社が選ばれている傾向があるようだ。いわば、その都道府県の中においては極めて由緒正しく、ご当地の知られざる名社が名を連ねている場合も多い。

 近代社格は戦後になって使用されなくなったため、府県社についても現在は旧県社・旧府社などと呼ばれるようになっているが、現在も社標などで「縣社」などと大書されていることも多く、神社の格を表すものとして、一部機能しているといえる。
 
 上杉景勝の稲荷山城築城時に、治田神社と改名。治田大神(ハルタノオオカミ)・事代主命(コトシロヌシノミコト)・倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)など稲荷山の氏神祭神を祀る。
 春には池の周囲の桜、大小300本が咲き誇り、賑わいを見せる。南西に1kmほどの桑原地区に「上の宮」がある。 
明治14年(1881年)6月、郷社に列し、明治33年(1900年)には県社に昇格した。

 例祭は9月20日。7月には夏祭りとして稲荷山祇園祭があり、第3日曜日には神輿の全町渡御がある。

 境内社に、津島宮、北野天満宮、高市社、三峯社、秋葉社、庚申塚、道祖神などがある。鳥居の前には、治田池が溜まっており、公園がある。

 半纏の衿には「縣社」治田神社とあり、背紋は十二弁菊の周りに菱形の葉の模様、生地は綿紬、濃紺地白抜きです。

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