NPO法人西川・森の市場(半纏)

西川材.jpg飯能.jpg      「西川材」は埼玉県産の優良木材として、首都圏を中心に使用されています。西川林業は、長い伝統と林業者の強い愛林思想に支えられた、丁寧な育林作業によって、優良な材が生産されています。
古くは江戸の大火のときの復興用材として、さらに関東大震災の際には木材の需要が殺到し、西川林業地が認知される様になりました。
   江戸時代からの伝統を引き継いで、首都圏から最も身近な産地として、木材の提供とともに、その生活や環境を良くするサイクルを創る、それが西川材の役目です。

   埼玉県の南西部、荒川支流の入間川・高麗川・越辺川の流域を西川林業地と呼んでいます。この付近には「西川」という地名はありませんが、江戸時代、この地方から木材を筏により江戸へ流送していたので、「江戸の西の方の川から来る材」という意味から、この地方の材を「西川材」、また、その生産地であるこの地方が「西川地方(西川林業地)」と呼ばれるようになりました。

  西川林業地は、飯能市・日高市・毛呂山町・越生町の4市町にまたがり、都心から40〜60km圏に位置し、その中心である飯能市は池袋から西武鉄道で1時間弱の距離にあります。
 

NPO法人西川・森の市場は、2008年3月にNPO法人となりました。

  • 時代が求める良質な西川材を供給し、
  • 西川の森と直接結ばれた家づくりをサポートすることによって、
  • 地域の財産・西川の森を守る。

  森林所有者から素材業者、製材所や材木店、建築設計者、工務店に至るまで、西川材と家づくりに関わる人たちと建て主との間で「顔が見える関係」が築ければ、安全、安心な家づくりをサポートできると考えます。

  地産地消の観点からも、そこで働く人の元気や責任感も育ち、少しでもエコロジーに貢献しながら西川の森を守りたいと思います。そのためには、皆さんからも元気をもらいたいと思いますので、ぜひ、「西川・森の市場」をお訪ねください。

  森の市場は、家づくりのことを気軽に相談できる場所であり、また様々なご要望にお応えしていきます。                                                                                    http://www.morinoichiba.net/sitemap/

大井上組囃子連(山車屋台幕)

大井上組囃子連.jpg    ふじみ野市(旧大井町)では毎年7月24・25日の大井の天王様,その翌週の日曜日に「おおい祭り」が行われます。昭和30年代ごろまでは川越街道沿いに露店が建ち並び、近在の村むらから多くの見物客でにぎわいました。木組みの屋台は上部が回るつくりで、花や提灯(ちょうちん)で飾られます。ヤタイ(狐の踊り)、ひょっとこ・おかめの踊り、獅子舞(ししまい)など多彩な演目で見物する人を魅了します。
 大井氷川神社は森のある大きな神社で、この地域の鎮守として崇敬されていて、四つの囃子連(上組、旭、苗間、亀久保)が継承されています。2018年に「上組囃子連」様の半纏を作っていただきましたが、今回新井紳一郎様寄贈の山車の腰幕を納めました。上の二枚が今回の囃子連幕、下は今までのの囃子保存会のものです。
 令和二年の元日に氷川神社で演奏されました。雲一つない晴天で大いに賑わい、初詣客に好評でありました。

以下上組囃子連の紹介です。

上組囃子の流派は不詳だが神田囃子であるという。

囃子連の発足年代も不詳であるが、恐らく明治頃であろうとのこと。
もとは旭囃子保存会という囃子連であったとされ、明治頃
(いつ頃かは不詳)、この上組と旭(中組、下組)とに分かれたという。
山車(屋台)は4つ車、唐破風付きの屋根を持つ屋台型の山車で廻り舞台を
擁する。梶はなく、2本の太い棒を使い、車体を歪ませて進行方向に
変化を与える。カナテコによる補助も入る。作者、製作年ともに不詳。

埼玉県鶴ヶ島市の高徳神社(半纏)

DSC01024.jpg    DSC01019.jpg    高徳神社は、大正二年の創立で太田ヶ谷、三ツ木、藤金、上広谷、五味ケ谷の各字にあった神社を合祀したものである。境外の面積は、5619坪もある。この境内地は、太田ヶ谷の豪農、内野重右衛門が寄贈したものである。広い境内は、老樹うっそうと生い茂り、清浄、森厳な聖域となっている。
 また。この広い神域を利用して、国の野鳥の森が設定されており、武蔵野の面影を残す樹林内には、留鳥、漂鳥、放鳥など野鳥の数も多い。
 この森のすぐ西側には清い小川があり、また、境内のところどころ餌箱を設置してあるので、鳥たちの聖域となっている。      昭和56年三月  埼玉県の碑文より

神主に向かって左側の方が現当主の内野輝雄様です。
大鳥居から神殿まで石畳は距離があり、森の手入れも行き届いています。
関越道、圏央道が通るときには、その分も寄進したというから近頃では奇特な素封家、昔の言葉でいうお大尽ですね。
e5b08fe5928ce794b0e5bea1e5b6bde7a59ee7a4be1.jpg小和田御嶽神社.jpg
    あきる野市の小和田・御嶽神社は昨年、合祀100年を迎えました。
 これを記念し、市指定有形文化財の木彫「蔵王権現立像」が見られる貴重な機会となりました。
 小和田・御嶽神社は大正8(1919)年10月15日、石神神社と御霊神社の合祀により小和田集落全体の氏神として祀られるようになり、奈良県吉野・金峯山より分祀した蔵王権現を本尊に祀ります。
 合祀100年にあたり、自治会長と神社総代で記念祝賀実行委員会を組織。社殿修復や参道整備、参道入口の立て看板設置など記念事業の準備を進めてきました。
 
 幟は大正8年十月15日に作られたもの?をこの度再調しました。元の生地は麻布に墨で手描きのようでした。丈830cm幅90cm帆布。金峰山大権現 嘉永元年、戌申(1848年)龍角山主書。
 神社の所在地はあきる野市小和田531字御嶽山です。例祭は4月第一日曜日。
 

2020年子年ネズミ年(手拭い)

 DSC01057.jpg 2020年令和二年明けましておめでとうございます。
 1月10日マカオにいましたが、クリスマスツリーはありましたが、正月らしい飾りつけは皆無でした。お年玉袋も売っていませんでした。きっと翌週から正月らしくなるのでしょう。
 今年の春節は1月25日です。そこで子年のネズミ柄手拭です。特岡100cm

【ずみということばの語源】
ねずみの語源は諸説あるので、いくつかご紹介します。
  • 『古事記』に、大国主命が根の国(根之堅州国。黄泉の国ともいう)を訪れたときに、危ないところをねずみに助けてもらったという話があり、根の国に棲むことから「根棲み(ねずみ)」になったという説。また、根の国の「根」には暗いところという意味があり、暗いところに棲む動物なので「根棲み」になったという説もあります。
  • 「穴棲み(あなずみ)」の音が変化したという説。
  • 人間の周りにいて食料を盗む生き物なので「盗み(ぬすみ)」が転じたという説。
  • 夜行性で人が寝ている間に食料を盗むので「寝盗み(ねぬすみ)」が転じたという説。
 
【鼠は大黒天の使い】
神話に大国主命が鼠に助けられたという話があります。神仏習合後、大国主命が大黒天と習合されると、鼠は大黒天の使いであると言われるようになり、五穀豊穣や実り、財力の意味をもつようになりました。

【鼠は子孫繁栄】
鼠は多くの子を産むため、子孫繁栄を意味するようになりました。

【四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)】
日本の伝統色は微妙な色の差を区別し、それぞれに名前がつけられています。とくに茶系統、鼠系統の色のバリエーションが多いので、「四十八茶百鼠」と言われています。四十八や百は色数ではなく多色という意味で、実際にはもっと多いです。

高階剣士会 Takashina Kenshikai(手拭い)

高階剣士会.jpgtakasina.jpg       勉強は学校で! 礼節は剣道で!!
 高階剣志会は、ふじみ野市剣道連盟に属し、剣道を通じて健全な心身の育成と会員の親睦を図る事を目的に活動しています。
 小
学生をメインに、幼稚園の年長さんから大人までが習うことができる、剣道の剣志会です。
 毎週木曜日の午後5時から6時30分までと、土曜日の午後2時から4時30分までの時間に稽古をしています。
 入会前に、1カ月程度を目安として、体験入会をすることができますので、運動のできる服装で参加してください。
 入会金は1世帯1000円、会費は月額1000円です。兄弟姉妹割引があり、二人目からは700円となります。面や胴の貸し出しも行っておりますので、詳細はお問い合わせください。しっかりと礼節を身につけることができるこの道場で、一緒に剣道を学んでみませんか?
 
 この度、手拭のご注文をいただきました。100cm 
何と書いてあるかというと
「壁鐵貫風春」  しゅんぷうてっぺきをつらぬく  宇野宗佑元総理大臣書だそうです。
 

NHK朝ドラ「スカーレット」半纏と前掛け

 suka-retto.jpg    NHKで毎朝始まる「スカーレット」、粘土細工ととも流れるスーパーフライの「フレア」、街中の有線でも頻繁に耳にしますね。「人生は紙飛行機」以来大ヒットしています。
 戦後間もなく、家族とともに滋賀の信楽にやってきた川原喜美子(戸田恵梨香)。貧しい暮らしの中でも、一生懸命に一家を支えていた。
 大阪の下宿屋で女中として働いたあと、信楽に戻った喜美子は信楽焼に惹かれ、陶芸家への道を歩み始める。
 焼物の里、信楽を舞台に、女性陶芸家の波乱万丈の人生を描く、NHKno連続テレビ小説の101作目。
 モノを作り出す情熱と喜びを糧に、がむしゃらな強さと天性の明るさで、懸命に創り、育て、働く女性のオリジナルストーリー。9月30日〜12月28日まで。

 信楽焼きといえば狸の置物が有名ですが、もう一つの産業は昔は暖房といえば、火鉢が主流だったんですね。陶芸家として人々の心を惹きつける作品を産み出した喜美子の人生熱烈応援します。
 劇中の丸熊陶業と谷中陶器の半纏と帆前掛けを染めました。

志久若.jpg              例大祭や祭礼は神社が一般的ではありますが、珍しいお寺のお祭りとして祭礼を行っているのがここ那古寺です。
 2017年11月4日に行われた補陀楽山那古寺開創1300年祭の山車屋台奉祝巡行の年番区を務めた、宿組(志久組)の屋台です。

 那古観音祭礼で唯一の屋台。6本柱に唐破風箱棟軒先折上げ式の屋根、中柱間に前人形座と後ろ囃子座とを仕切る背景の襖絵があり、その左右に脇障子が付く房州屋台の代表的な構造をしている。

 人形は古典や説話を題材に毎年変わる。後藤喜三郎橘義信による彫刻は、鬼板に珠取龍、前柱は龍、後柱は唐獅子の他、欄間に花鳥や神話を題材とした素盞鳴尊と八岐大蛇や天照大神、高欄の8面には二十四孝など見所が満載である。

 囃子は、「やたい」「しっちょめん」にこだわっているのが特徴。
 半纏は着丈90cm 十番天竺。


館山市那古 てら赤の山車(半纏)

teraaka.jpg    むかしは「那古の七祭(ななまち)」として、那古地区の各々の神社で祭礼が行われていました。

 やがて山車が作られようになると、同那古の東藤と柴崎が鶴谷八幡宮に山車をともない参拝するようになります。 その後大芝、浜、寺赤、宿が順次山車を製作し、この行事に参加します。

 例年7月17・18日に行なわれる,那古地区の祭礼に出される寺赤組の山車です。通称江戸型とよばれる三層の山車で,人形を上げ下げできるようにして,二層に人形を納める工夫がされています。


地元の大工棟梁によって,明治32(1899)年につくられたものと考えられています。彫刻は初代後藤義光の山車彫刻の遣作と考えられ,「元北朝夷 後藤利兵衛 橘義光作 八十五翁」などの銘があります。建武中興の故事にそった後醍醐天皇と,忠臣たちの名場面をテーマにした35名以上の人物像は,その持ち物や表情が,はっきりと彫刻されています。

彫刻,大幕,そして人形など,『太平記』をテーマに,山車全体の構成が統一されています。また,人形を上げ下げする装置には,滑車が多く使われ,操り綱を使った古来の手法が残されています。

半纏 十番天竺 紺地白抜き

川島中学校剣道部(手拭い)

手拭い.jpg     川島町は埼玉県のほぼ中央に位置し、北は都幾川・市野川を境として東松山市・吉見町に、東は荒川を境として北本市・桶川市・上尾市に、南は入間川を境として川越市に、西は越辺川を境として坂戸市に接しており、まさに"川に囲まれた島"そのものといえます。面積は41.63km2で、東西間11km、南北間8kmの距離となっています。標高は平均14.5mで高低差はほとんどなく、かつては見渡す限り水田地帯でした。
 川島中学校は1958年創立されました。
 川島中学校剣道部は令和元年度 男子14名、女子9名で部員数計23名。
活動方針
 ①剣道を通して、より良い人間形成を行う。
 ②仲間と協力し、励まし合いながら、チームの一員としての自覚を持つ。
 ③勝利主義には走らず、努力することのすばらしさを知る。
 ④暑さ寒さに耐え抜く、強い精神力を身につける。
 ⑤いつも感謝の心を忘れずに、周りから応援される部活を目指す。
過去の成績
 学校総合体育および新人体育大会 例年県大会へ個人戦出場、昨年度は女子団体県大会出場。

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