「ひらがなを筆ペンで書く博多弁講座」
みなさん、直近で、筆文字を書いたのはいつですか?
今回は、ちょっと変わったお習字の講座があるというお噂を聞きつけ
おじゃましてみました。
どんな講座かというと、なんと・・・・
「ひらがなを筆ペンで書く博多弁講座」というユニークな講座です。
生粋の博多っ子で書家の小林順子さんが一年前から始めたもので、
「筆ペン」を使うのは、いつでも、どこでも練習ができるようにという
思いをこめてです。
筆ペンといっても「黒」だけではなく、赤・ピンク・青など全部で13色。
ですから、同じ言葉を書いても印象が変わり、感覚的にも面白く仕上がります。
小林さんは、ひらがなは、やわらかくてあったかい博多弁にぴったりだと
いいます。
いろんな博多弁を用意して、博多弁ネイティブ以外の方には、解説を
してくれるので、なかには、わざわざ北海道から習いに来たという親子も
いらっしゃるそうですよ。
それにしても、題材が「方言」というのは面白いですね。
練習しながら笑いがでてしまいます。
参加者の中には、好きな人に渡すからと「すいとぉ」を1時間書き続けた
女の子もいるとか。
わーーーー、可愛すぎます。
ちなみにわたしは・・・
練習のあとは、博多の銘菓「黒田おこし」と「八女茶」で茶話会が
予定されているのですが、みなさん、「もうちょっと、もうちょっと・・」と
なかなか練習が終わらないとか。 (笑)
わかります、わかります。イメージがどんどん膨らんで楽しいですよね。
じつはわたし、翌日、筆ペンと半紙を買いにいきました。
この講座の参加費は、大人2500円、こども1000円です。
お申込み・お問い合わせは《福プロジェクト》 080-4453-3930まで。
古くは江戸の大火のときの復興用材として、さらに関東大震災の際には木材の需要が殺到し、西川林業地が認知される様になりました。
江戸時代からの伝統を引き継いで、首都圏から最も身近な産地として、木材の提供とともに、その生活や環境を良くするサイクルを創る、それが西川材の役目です。
埼玉県の南西部、荒川支流の入間川・高麗川・越辺川の流域を西川林業地と呼んでいます。この付近には「西川」という地名はありませんが、江戸時代、この地方から木材を筏により江戸へ流送していたので、「江戸の西の方の川から来る材」という意味から、この地方の材を「西川材」、また、その生産地であるこの地方が「西川地方(西川林業地)」と呼ばれるようになりました。
西川林業地は、飯能市・日高市・毛呂山町・越生町の4市町にまたがり、都心から40〜60km圏に位置し、その中心である飯能市は池袋から西武鉄道で1時間弱の距離にあります。
NPO法人西川・森の市場は、2008年3月にNPO法人となりました。
- 時代が求める良質な西川材を供給し、
- 西川の森と直接結ばれた家づくりをサポートすることによって、
- 地域の財産・西川の森を守る。
森林所有者から素材業者、製材所や材木店、建築設計者、工務店に至るまで、西川材と家づくりに関わる人たちと建て主との間で「顔が見える関係」が築ければ、安全、安心な家づくりをサポートできると考えます。
地産地消の観点からも、そこで働く人の元気や責任感も育ち、少しでもエコロジーに貢献しながら西川の森を守りたいと思います。そのためには、皆さんからも元気をもらいたいと思いますので、ぜひ、「西川・森の市場」をお訪ねください。
森の市場は、家づくりのことを気軽に相談できる場所であり、また様々なご要望にお応えしていきます。 http://www.morinoichiba.net/sitemap/
ふじみ野市(旧大井町)では毎年7月24・25日の大井の天王様,その翌週の日曜日に「おおい祭り」が行われます。昭和30年代ごろまでは川越街道沿いに露店が建ち並び、近在の村むらから多くの見物客でにぎわいました。木組みの屋台は上部が回るつくりで、花や提灯(ちょうちん)で飾られます。ヤタイ(狐の踊り)、ひょっとこ・おかめの踊り、獅子舞(ししまい)など多彩な演目で見物する人を魅了します。
大井氷川神社は森のある大きな神社で、この地域の鎮守として崇敬されていて、四つの囃子連(上組、旭、苗間、亀久保)が継承されています。2018年に「上組囃子連」様の半纏を作っていただきましたが、今回新井紳一郎様寄贈の山車の腰幕を納めました。上の二枚が今回の囃子連幕、下は今までのの囃子保存会のものです。
令和二年の元日に氷川神社で演奏されました。雲一つない晴天で大いに賑わい、初詣客に好評でありました。
以下上組囃子連の紹介です。
上組囃子の流派は不詳だが神田囃子であるという。
囃子連の発足年代も不詳であるが、恐らく明治頃であろうとのこと。
もとは旭囃子保存会という囃子連であったとされ、明治頃
(いつ頃かは不詳)、この上組と旭(中組、下組)とに分かれたという。
山車(屋台)は4つ車、唐破風付きの屋根を持つ屋台型の山車で廻り舞台を
擁する。梶はなく、2本の太い棒を使い、車体を歪ませて進行方向に
変化を与える。カナテコによる補助も入る。作者、製作年ともに不詳。
小和田・御嶽神社は大正8(1919)年10月15日、石神神社と御霊神社の合祀により小和田集落全体の氏神として祀られるようになり、奈良県吉野・金峯山より分祀した蔵王権現を本尊に祀ります。
合祀100年にあたり、自治会長と神社総代で記念祝賀実行委員会を組織。社殿修復や参道整備、参道入口の立て看板設置など記念事業の準備を進めてきました。
幟は大正8年十月15日に作られたもの?をこの度再調しました。元の生地は麻布に墨で手描きのようでした。丈830cm幅90cm帆布。金峰山大権現 嘉永元年、戌申(1848年)龍角山主書。
神社の所在地はあきる野市小和田531字御嶽山です。例祭は4月第一日曜日。
1月10日マカオにいましたが、クリスマスツリーはありましたが、正月らしい飾りつけは皆無でした。お年玉袋も売っていませんでした。きっと翌週から正月らしくなるのでしょう。
ねずみの語源は諸説あるので、いくつかご紹介します。
- 『古事記』に、大国主命が根の国(根之堅州国。黄泉の国ともいう)を訪れたときに、危ないところをねずみに助けてもらったという話があり、根の国に棲むことから「根棲み(ねずみ)」になったという説。また、根の国の「根」には暗いところという意味があり、暗いところに棲む動物なので「根棲み」になったという説もあります。
- 「穴棲み(あなずみ)」の音が変化したという説。
- 人間の周りにいて食料を盗む生き物なので「盗み(ぬすみ)」が転じたという説。
- 夜行性で人が寝ている間に食料を盗むので「寝盗み(ねぬすみ)」が転じたという説。
【鼠は大黒天の使い】
神話に大国主命が鼠に助けられたという話があります。神仏習合後、大国主命が大黒天と習合されると、鼠は大黒天の使いであると言われるようになり、五穀豊穣や実り、財力の意味をもつようになりました。
【鼠は子孫繁栄】
鼠は多くの子を産むため、子孫繁栄を意味するようになりました。
【四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)】
日本の伝統色は微妙な色の差を区別し、それぞれに名前がつけられています。とくに茶系統、鼠系統の色のバリエーションが多いので、「四十八茶百鼠」と言われています。四十八や百は色数ではなく多色という意味で、実際にはもっと多いです。
小学生をメインに、幼稚園の年長さんから大人までが習うことができる、剣道の剣志会です。
毎週木曜日の午後5時から6時30分までと、土曜日の午後2時から4時30分までの時間に稽古をしています。
入会前に、1カ月程度を目安として、体験入会をすることができますので、運動のできる服装で参加してください。
入会金は1世帯1000円、会費は月額1000円です。兄弟姉妹割引があり、二人目からは700円となります。面や胴の貸し出しも行っておりますので、詳細はお問い合わせください。しっかりと礼節を身につけることができるこの道場で、一緒に剣道を学んでみませんか?
2017年11月4日に行われた補陀楽山那古寺開創1300年祭の山車屋台奉祝巡行の年番区を務めた、宿組(志久組)の屋台です。





