川越 猫屋にゃん吉(半纏)

ねこや (2).jpg    ゆるい屋号と裏腹に、しっかりとした商品を扱う、川越 発祥の堅い商店でした。以下お店の紹介です。

  なんでもネットで買える時代に、ただ消費するのではなく、 作る人、買う人それぞれのストーリーを演出し、価値を提供したい。 そのために、商品の背景を伝えることを大事にしています。自分が生まれ育った土地の良さを 多くの人に知ってほしいという想いが根底にあります。まずは地元の方に、そしてより多くの方に。 川越の歴史も新しい文化も、猫屋にゃん吉を通じてお届けできればと考えています。
   当店のオリジナル商品「猫屋にゃん吉」は全て店主の生まれ育った 川越のお店とのコラボレーション商品です。特に老舗の歴史やこだわりの詰まった商品を、 気構えることなく気軽に手に取ってほしいという思いから商品を生かしたイラストなど、 エンタメ性を加えたパッケージで包んでいます。実店舗では、オリジナル商品に加え、 独自の目線で厳選した川越や埼玉県内の商品を展開しています。



坂戸 永源寺のお釈迦様(半纏)


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5月5日(日曜日)、仲町の永源寺で釈尊降誕祭が行なわれました。

例年行なわれているこの祭りは「おしゃか様」と呼ばれ、古い時代から坂戸市の人々に親しまれてきました。 本来、釈迦の誕生日は4月8日ですが、坂戸での釈尊降誕祭は月遅れの行事として明治時代から5月8日に行なわれており、2005年(平成17年)からは5月5日(こどもの日)に行なわれるようになりました。

 今年の「おしゃか様」は好天にも恵まれ、昨年を上回る人出で賑わいました。本堂前の花御堂では、無病息災、家内安全を祈願する、おしゃか様名物の甘茶かけを大勢の人たちが行なっていました。

 おしゃか様では、坂戸中学校と千代田中学校の吹奏楽部の演奏や鳶組合のはしご乗り、さかど太鼓などが行なわれ、参拝者を楽しませていました。

半纏 ポリエステル絽を染めた、 春夏秋の気温の高い日に適した、見るからに涼しげな風合いの生地です。

太田市円福寺千手観音(のぼり)

 太田千手観音.jpg  桐生市内から車で約35分にある円福寺は、正式名御室山金剛院円福寺といい、真言宗のお寺です。新田本宗家第4代新田政義が開基したもので、京都仁和寺の阿闍梨静毫(あじゃりじょうごう)が開山したと伝えられています。

 山門手前に駐車場があり、山門をくぐると境内右側に大きな本殿があります。その反対側にはたくさんの墓地があり、その一角に新田氏累代の墓と伝えられる20基あまりの凝灰岩製の石層塔・五輪塔群があります。そのうちの1基には元享4(1324)年、沙弥道義(しゃみどうぎ)の文字があり、それは新田義貞の祖父である新田基氏の法名で、72歳で逝去したことが記されています。

 境内山門向かい側の石段を上った小高い所に観音堂(千手観音)があります。その左側には安山岩製の石幢(せきどう)があり、長享3(1489)年の銘文と六地菩薩像・延命地蔵一体が刻まれています。

 観音堂の右奥にある十二所神社。ここは茶臼山古墳後円部墳頂付近であり、後円部からは十六体の神像が安置されていました。そのうちの五体は太田市重要文化財になっています。円福寺境内とともに十二所神社境内も新田荘遺跡として国指定史跡になっています。

厄除千手観世音のぼり  610cm*60cm 帆布製

太田市別所町594-1

金笛うどん処 春夏秋冬(のれん)

kinnbue.jpg 笛木醤油は、江戸時代の寛政元年に川島町で創業し、現在まで二百三十年以上続く蔵元です。
 「金笛うどん処 春夏秋冬」は、埼玉の老舗しょうゆ蔵「笛木醤油(金笛)」が運営するうどん店で、丸広百貨店川越店の館内にあり、買い物の合間に立ち寄りやすいレストランとして案内されています。
 笛木醤油の「金笛」ブランドの醤油やだしを生かしたうどんが中心で、だしのきいたつゆや天ぷらなどを合わせた和食のセットメニューが用意されています。

帯バッグの小梅や(のれん)

小梅や写真.jpg  今、日本では、着物や帯を含む衣類が毎年51万トンも廃棄され続けています。
家庭のタンスに眠ったままの帯と帯締めを美しいバッグにアップサイクルして販売。
そして、帯バッグの売り上げは、お針子さんと地域支援に還元します。
 洋服にも合わせやすいシンプルな帯バッグを、着物の似合う街・川越で企画・販売しているのが、「小梅や」さん。
 代表の藤代とう子さんは令和6年度、「埼玉県野吟子賞」を受賞しました。
 埼玉県では、日本で最初の女性医師、荻野吟子にちなみ、その不屈の精神を今に伝える先駆的な活動を通じて、男女共同参画の推進に顕著な功績のあった個人や団体、事業所に「埼玉県荻野吟子賞」を送っています。
 
受賞理由は
 帯バッグの制作を、縫製工場の減少にともない仕事が減少した地域のお針子さん達に依頼することで、縫製技術の継承・育成と、お針子さん達の収入源となる仕組みを作っており、女性の経済的自立や社会参加の促進、さらにSDGsの推進にもつながっている。

 製品は川越の古民家を改装したカフェや、都内の商業施設で展示販売し、海外からもその品質は高く評価されている。(川越市在勤)とのことです。

 この度、歌舞伎座地下、木挽町広場の小梅や様の店頭にかける暖簾のご注文をいただきました。

 coumeya.com
 

川島町消防団 受章記念(手拭)

kianin.jpgsuibou2.jpg川島町消防団.jpg     川島町消防団は、川越地区消防組合の管轄下にあり、6つの分団で構成されています。団員の定数は129名です。
  川島町消防団は、地域における消防防災のリーダーとして、町民の皆様との絆を大切に、地域全体の協助力・防災力を高められるよう活動しています。
 平常時は。火災予防広報活動、自主防災組織への訓練指導、高齢者宅への防火訪問など幅広い活動を行っています。非常時は、災害現場での消火活動をはじめ、風水害など様々な現場で活動しています。
 消防団の魅力の一つは、年齢や職業を超えた仲間づくりができることです。地域に貢献しながら自分自身のコミュニティ力を広げ、いろいろな人たちと活動する楽しさを感じてみませんか?
 今回の受賞は、日本消防協会が消防団の最高栄誉として、毎年全国の約.2.200の消防団の中から特に優れた活動をした10団体のみに授与される最高位の表彰で、これまでの活動の賜物です。これを記念して手拭のご注文をいただきました。

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 長宮氷川神社は、埼玉県ふじみ野市長宮にある神社です。地元では「長宮氷川神社」と呼ばれ、ふじみ野市上福岡地区の総鎮守として地域の方々に大切にされています。

 今から約1000年前の長徳元年(995年)、北面武士の星野信秀が、出雲大社(当時の杵築大社)からご神霊を勧請したのが始まりと伝えられています。

「長宮」という名前は、長い参道が続く様子に由来するという説や、中氷川神社(旧称:長宮明神社)に由来するという説があります。明治時代には旧福岡村の村社にも指定されています。

 長宮氷川神社のご祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)です。このうち建速須佐之男命と奇稲田姫命は、八岐大蛇から奇稲田姫命を救った後に結婚したことから、縁結びの神様として信仰を集めています。

のぼり 100㎝*10m  帆布

飯能祭り 下畑囃子連(手拭い)

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 飯能下畑囃子連は、埼玉県飯能市下畑に伝わる神田大橋流のお囃子を演奏する団体です。彼らのお囃子は、飯能の山間部に伝わる「山のお囃子」として知られています。
「山のお囃子」という表現は、主に埼玉県飯能市のように山間部が多い地域で伝わるお囃子のスタイルを指します。
 飯能市の下畑地域は、古くから林業が盛んで、山奥に入植した人々の手によって文化が育まれてきました。お囃子も、その中で独自に発展したと考えられます。
「山のお囃子」は、その歴史と地域性から、街中のお囃子とは異なる味わいがあります。
 
  • ・素朴で力強い響き: 山の生活を反映してか、素朴ながらも力強いリズムが特徴です。深い山々に響き渡るような、どこか野性味を感じさせる音の流れがあります。
  • ・独自のアレンジ: 同じ流派であっても、各地域や集落で受け継がれる過程で、独自のアレンジや解釈が加わることが珍しくありません。これが「山のお囃子」をより個性的なものにしています。
  • ・ゆったりとしたテンポ: 街中のお囃子に比べて、ややゆったりとしたテンポで演奏されることが多いです。これは、人々の暮らしのリズムや、広大な自然の中で音が響く様子を表現しているとも言われます。

 飯能下畑囃子連の「山のお囃子」は、脈々と受け継がれてきた地域の生きた文化として、今も多くの人々を魅了しています。

 手拭い 100cm 特岡 



久米川囃子連(半纏)

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 東京都東村山市久米川町に古くから伝わる東村山市指定無形民俗文化財「重松流まつりばやし 久米川囃子連」は、熊野神社と野際神社を拠点として活動しています。
 天保元年、所沢市に生まれた「古谷重松」が編み出した祭囃子で、所沢市を中心に、東京都北多摩、西多摩まで現在100数団体に伝承されています。
 東村山の祭囃子の各団体には、それぞれ山車があり、祭礼時は町内を山車でめぐります。祭囃子は町をめぐりながら、山車の上で実演をします。市民産業祭のときは、各山車が勢揃いするので、普段はあまり見ることのできない「ひっかわせ」を楽しむことができます。
 令和7年10月11日の熊野神社秋季例大祭から、久米川囃子連の新半纏の着用を開始しました。
 色は山車の舞台側に掛かっている暖簾の色と合わせて、えんじ色に変わりました。
 腰には久米川囃子連と角文字で入れています。
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雀の森氷川神社の山車蔵に保管されている新宿町の山車。
 一昨年までは三ツ輪の山車でしたが、鶴ヶ島市上広谷より譲り受けました、一回り大きくなった四輪の山車です。今までの山車は岸町一丁目に移転しました。
 福来会は新宿町1丁目から6丁目の有志の山車曳き手会です。隔年で2から4丁目、1と5と6丁目が山車を曳きますが、住人年齢の偏りの心配解消や、近い将来、街の中心部での山車披露のための盛り上げなど、揃いの浴衣で颯爽と運行します。
 新宿町囃子保存会は川越市では少数派の若狭流といわれています。歴史は古く、江戸時代菅間村より伝わり、寛永六年(1853年)創立しました。小中学生も練習していて、新宿囃子を伝承します。
 金茶の浴衣は、山車曳の会(福来会)、紺は囃子保存会です。

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