金笛うどん処 春夏秋冬(のれん)

kinnbue.jpg 笛木醤油は、江戸時代の寛政元年に川島町で創業し、現在まで二百三十年以上続く蔵元です。
 「金笛うどん処 春夏秋冬」は、埼玉の老舗しょうゆ蔵「笛木醤油(金笛)」が運営するうどん店で、丸広百貨店川越店の館内にあり、買い物の合間に立ち寄りやすいレストランとして案内されています。
 笛木醤油の「金笛」ブランドの醤油やだしを生かしたうどんが中心で、だしのきいたつゆや天ぷらなどを合わせた和食のセットメニューが用意されています。

帯バッグの小梅や(のれん)

小梅や写真.jpg  今、日本では、着物や帯を含む衣類が毎年51万トンも廃棄され続けています。
家庭のタンスに眠ったままの帯と帯締めを美しいバッグにアップサイクルして販売。
そして、帯バッグの売り上げは、お針子さんと地域支援に還元します。
 洋服にも合わせやすいシンプルな帯バッグを、着物の似合う街・川越で企画・販売しているのが、「小梅や」さん。
 代表の藤代とう子さんは令和6年度、「埼玉県野吟子賞」を受賞しました。
 埼玉県では、日本で最初の女性医師、荻野吟子にちなみ、その不屈の精神を今に伝える先駆的な活動を通じて、男女共同参画の推進に顕著な功績のあった個人や団体、事業所に「埼玉県荻野吟子賞」を送っています。
 
受賞理由は
 帯バッグの制作を、縫製工場の減少にともない仕事が減少した地域のお針子さん達に依頼することで、縫製技術の継承・育成と、お針子さん達の収入源となる仕組みを作っており、女性の経済的自立や社会参加の促進、さらにSDGsの推進にもつながっている。

 製品は川越の古民家を改装したカフェや、都内の商業施設で展示販売し、海外からもその品質は高く評価されている。(川越市在勤)とのことです。

 この度、歌舞伎座地下、木挽町広場の小梅や様の店頭にかける暖簾のご注文をいただきました。

 coumeya.com
 

川島町消防団 受章記念(手拭)

kianin.jpgsuibou2.jpg川島町消防団.jpg     川島町消防団は、川越地区消防組合の管轄下にあり、6つの分団で構成されています。団員の定数は129名です。
  川島町消防団は、地域における消防防災のリーダーとして、町民の皆様との絆を大切に、地域全体の協助力・防災力を高められるよう活動しています。
 平常時は。火災予防広報活動、自主防災組織への訓練指導、高齢者宅への防火訪問など幅広い活動を行っています。非常時は、災害現場での消火活動をはじめ、風水害など様々な現場で活動しています。
 消防団の魅力の一つは、年齢や職業を超えた仲間づくりができることです。地域に貢献しながら自分自身のコミュニティ力を広げ、いろいろな人たちと活動する楽しさを感じてみませんか?
 今回の受賞は、日本消防協会が消防団の最高栄誉として、毎年全国の約.2.200の消防団の中から特に優れた活動をした10団体のみに授与される最高位の表彰で、これまでの活動の賜物です。これを記念して手拭のご注文をいただきました。

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 長宮氷川神社は、埼玉県ふじみ野市長宮にある神社です。地元では「長宮氷川神社」と呼ばれ、ふじみ野市上福岡地区の総鎮守として地域の方々に大切にされています。

 今から約1000年前の長徳元年(995年)、北面武士の星野信秀が、出雲大社(当時の杵築大社)からご神霊を勧請したのが始まりと伝えられています。

「長宮」という名前は、長い参道が続く様子に由来するという説や、中氷川神社(旧称:長宮明神社)に由来するという説があります。明治時代には旧福岡村の村社にも指定されています。

 長宮氷川神社のご祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)です。このうち建速須佐之男命と奇稲田姫命は、八岐大蛇から奇稲田姫命を救った後に結婚したことから、縁結びの神様として信仰を集めています。

のぼり 100㎝*10m  帆布

飯能祭り 下畑囃子連(手拭い)

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 飯能下畑囃子連は、埼玉県飯能市下畑に伝わる神田大橋流のお囃子を演奏する団体です。彼らのお囃子は、飯能の山間部に伝わる「山のお囃子」として知られています。
「山のお囃子」という表現は、主に埼玉県飯能市のように山間部が多い地域で伝わるお囃子のスタイルを指します。
 飯能市の下畑地域は、古くから林業が盛んで、山奥に入植した人々の手によって文化が育まれてきました。お囃子も、その中で独自に発展したと考えられます。
「山のお囃子」は、その歴史と地域性から、街中のお囃子とは異なる味わいがあります。
 
  • ・素朴で力強い響き: 山の生活を反映してか、素朴ながらも力強いリズムが特徴です。深い山々に響き渡るような、どこか野性味を感じさせる音の流れがあります。
  • ・独自のアレンジ: 同じ流派であっても、各地域や集落で受け継がれる過程で、独自のアレンジや解釈が加わることが珍しくありません。これが「山のお囃子」をより個性的なものにしています。
  • ・ゆったりとしたテンポ: 街中のお囃子に比べて、ややゆったりとしたテンポで演奏されることが多いです。これは、人々の暮らしのリズムや、広大な自然の中で音が響く様子を表現しているとも言われます。

 飯能下畑囃子連の「山のお囃子」は、脈々と受け継がれてきた地域の生きた文化として、今も多くの人々を魅了しています。

 手拭い 100cm 特岡 



久米川囃子連(半纏)

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 東京都東村山市久米川町に古くから伝わる東村山市指定無形民俗文化財「重松流まつりばやし 久米川囃子連」は、熊野神社と野際神社を拠点として活動しています。
 天保元年、所沢市に生まれた「古谷重松」が編み出した祭囃子で、所沢市を中心に、東京都北多摩、西多摩まで現在100数団体に伝承されています。
 東村山の祭囃子の各団体には、それぞれ山車があり、祭礼時は町内を山車でめぐります。祭囃子は町をめぐりながら、山車の上で実演をします。市民産業祭のときは、各山車が勢揃いするので、普段はあまり見ることのできない「ひっかわせ」を楽しむことができます。
 令和7年10月11日の熊野神社秋季例大祭から、久米川囃子連の新半纏の着用を開始しました。
 色は山車の舞台側に掛かっている暖簾の色と合わせて、えんじ色に変わりました。
 腰には久米川囃子連と角文字で入れています。
Arajukumachi dasi.jpg
雀の森氷川神社の山車蔵に保管されている新宿町の山車。
 一昨年までは三ツ輪の山車でしたが、鶴ヶ島市上広谷より譲り受けました、一回り大きくなった四輪の山車です。今までの山車は岸町一丁目に移転しました。
 福来会は新宿町1丁目から6丁目の有志の山車曳き手会です。隔年で2から4丁目、1と5と6丁目が山車を曳きますが、住人年齢の偏りの心配解消や、近い将来、街の中心部での山車披露のための盛り上げなど、揃いの浴衣で颯爽と運行します。
 新宿町囃子保存会は川越市では少数派の若狭流といわれています。歴史は古く、江戸時代菅間村より伝わり、寛永六年(1853年)創立しました。小中学生も練習していて、新宿囃子を伝承します。
 金茶の浴衣は、山車曳の会(福来会)、紺は囃子保存会です。

小川町 八和田神社(のぼり)

Ogawa Hatiwada.jpg        木枯し紋次郎のロケに使えるような、江戸時代から変わっていない雰囲気の神社、周りの景色です。県道奈良梨の交差点角に、ひときわ目立つ八和田神社の白い鳥居があり、斜め北東に長い参道がつづいています。
 八和田神社はもとは諏訪神社といっていました。明治22年に上横田・下横田・中爪・奈良梨・能増・高見・伊勢根・高谷の八か村が合併して八和田村となったので、この諏訪神社は村社八和田神社と改まりました。
 この神社の鰐口(参拝者が神仏への来意を告げるために打ち鳴らす金属製の道具)、延徳・弘治の銘を刻したもので、もと高坂村常安寺に延徳3年(1491)、大成と永順という人物により懸けられたが、その後弘治3年(1557)男衾郡鉢形錦入の新井土佐守によって寄進されたものだといいます。
 『新編武蔵風土記稿』にその鰐口の絵が載っています。境内には下の写真の杉の大木があり、目通り、5.7メートル、高さ30メートルにおよび、樹齢800年といいますから、鎌倉幕府成立のころから現在に至っていることになり、その間の歴史を見つめてきた杉なのです。  
 町指定天然記念物になっています。また神社手前右手には神社のものと思われる池がありました。

文化橋町の屋台(半纏)

文化橋町.jpg      鹿沼秋まつりは今宮神社の秋の例大祭です。
 日照りが続き大旱魃となった1608年、今宮の神に雨乞いをし、雷雨が起こったことに感謝して鉾や榊を奉納したのがはじまりといわれています。氏子町が持つ絢爛豪華な彫刻屋台に囃子方が乗り込み、威勢の良いお囃子とともに町を曳き回します。ユネスコ無形文化遺産や国の重要無形民俗文化財に指定されています。
 文化橋町 鹿沼文化2年(1805)に、御成橋西際やや南から黒川の水を引いて、    鹿沼宿の東から東南に広がる田の用水路をつくる工事が始まった。
 文化用水と称し、今は木島用水(堀)と名を変えている。
 旧帝国繊維西工場の南西端に接して架けられた文化橋の名は、文化用水に架けられたことから由来している。
 その歴史ある橋名から、文化橋町と名づけられた。
 大正13年から今宮神社の付け祭に参加、戦後は宇都宮から屋台を借りていたが、市制10周年を期し、昭和33年に花屋台(白木屋台)が新造された。
 平成10年、宇都宮在住の彫師、辻幹雄(創型会所属)により、鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)が取り付けられた。
 
 半纏の腰柄には、屋台の周りを取り囲むように朱塗りの橋が架かっていますが、これを図案化しました。衿の首裏側(チリケ)には提燈の柄の蝶の図案が白抜きされています。
 中睦.jpg来たHUB様の記事より抜粋です。

 練馬区中村にある中村八幡神社では、2025年も例大祭が開催されます!(9月13,14日)。

 江戸時代前半に築かれた歴史ある本殿を誇る神社で、400年近く続く伝統の祭りを体感できます。例大祭では、神社の氏子地域を練り歩く勇壮な神輿渡御がメインイベント。威勢の良い掛け声と、地域住民の熱気に満ちた神輿の行列は圧巻です。

神輿渡御以外にも、境内には多くの屋台が立ち並び、焼きそばやたこ焼き、わたあめなど、子供も大人も楽しめる様々な屋台グルメが勢ぞろい。さらに、日本の伝統芸能である神楽の奉納もあり、神々への舞を通して五穀豊穣や無病息災を祈願します。

歴史と伝統、そして活気に満ちた中村八幡神社の例大祭は、練馬区の秋の風物詩として、多くの人々を魅了し続けています。家族連れで、友人同士で、ぜひこの機会に訪れて、日本の伝統文化に触れてみませんか?

例大祭のメインイベントである神輿渡御は、氏子地域を巡行する神輿の行列です。氏子たちが威勢の良い掛け声とともに神輿を担ぎ、地域全体が一体となって祭りを盛り上げます。 神輿の勇壮な姿と、沿道からの熱気あふれる声援は、まさに圧巻の一言。 練馬区中村の街に響き渡る掛け声と、神輿の渡御は、この地域に息づく伝統と活気を象徴する、見逃せないイベントです。

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