あられ柄の手拭い(細淵組)

 


手拭い あられ柄.jpg 「霰(あられ)」とは、空から舞い落ちる、細かい氷の粒のこと。 気温が0度近くなり、雪が氷に変わり「霰(あられ)」となります。

 雨と雪が交じって降る重みのある「霙(みぞれ)」や、粒の大きな「雹(ひょう)」と違って、細かくパラパラと美しく空を舞い、かすかな音をたてて地面に飛び跳ねるのが「霰(あられ)」。「大小あられ」文様は、江戸時代の薩摩島津藩の定め柄でした。 昨年の大河ドラマ「篤姫」で、高橋英樹さん演じる島津斉彬や、瑛太さん演じる小松帯刀が江戸城に上がり将軍様にお目通りを許された際に身にまとっていた「裃(かみしも)」の柄が「大小あられ」文様でした。 「大小あられ」は、江戸小紋の文様の中でも人気の高い文様のひとつです。

 「鮫(さめ)」「行儀(ぎょうぎ)」「通し(とおし)」の江戸小紋三役に、「縞(万筋)」「大小あられ」を加えて江戸小紋五役といいます。 三役、五役の文様は紋を入れることで略礼装とすることができる「格」のある文様です。
 岸町(喜志町)の細淵組様の手拭いは、この大小あられ柄に木札をあしらった粋なデザインです。

 

 

COEDOブルワリー香港島(のれん)

!cid_BE768E97-CC1A-4002-9290-8D2831A6EB96.jpg お得意様の協同商事様が香港島にタップルームを出店されました。1月17日現地のお店に訪問してきました。以前大丸百貨店があった辺りでファッションウオークと呼ばれる、海が近くておしゃれな若者ばかりの代官山ような場所でした。海外で弊社の染めたの暖簾がかかっている風景は又格別の感慨です。サイズは1800*140cm、白の帆布に黒紋です。川越発のCOEDOビールが世界中で飲まれるよう期待します。
 以下香港経済新聞より抜粋です。
 川越を代表するクラフトブルワリー「コエドブルワリー」(埼玉県川越市)は8月19日、銅鑼湾のファッションウオーク(Shop C, G/F, Towning Mansion, 50-56 Paterson Street, Fashion Walk, Causeway Bay TEL 2619 9011)に海外初のビールバー「COEDO Taproom(コエドタップルーム)」をオープンした。

 欧米のクラフトビール文化はアジアにも波及し、最近は香港でもクラフトビールフェスティバルが開催されるなど、盛り上がりを見せる中、「ゆったりとクラフトビールを楽しんでもらいたい」とオープンした同店。路面店として外のオープンスペースに24席、店内に48席を配置する同店は、ちょうちんなどをあしらいながら日本文化を感じさせつつも黒を基調としたシャープな印象で、入り口を入ると12本のタップが並び、たる生のクラフトビールを楽しむことができる。

永源寺のだるま市(のぼり)

 ND6_1017.jpg   1月10日、坂戸の永源寺で、新春恒例の「だるま市」が開催されました。このだるま市は30年以上の歴史があり、毎年多くの人でにぎわいます。だるまは、開運、家内安全、商売繁盛などの願いをかける縁起物として古くから親しまれています。 当日は、厄除け、合格祈願等のご祈祷も行われるほか、各種露店も出店され大変な賑わいを見せます。

 最近は赤いだるまだけでなく、金、白、緑、黄など風水にこだわっただるまも多くなりました。しかし売れ筋は高さ30cm程の2000から3000円のクラシックな赤だるまだそうです。
 のぼりは幅100cm、長さ450cmと大きなものなのですが、背景の伽藍が巨大なので小さく見えます。

出初式(若鳶会)半纏

h1162-04b.jpg    川越地区消防組合の「消防出初式」が1月10日、川越市役所駐車場で開かれ、川越鳶組合が緊張感あふれるはしご乗りを見せました。昨年末に作った真竹製のはしごは、高さ640cm。時折しなり、風が吹くといっそう不安定になるはしごの乗り手は、45歳くらいまでの組合員で作る「若鳶会」から選抜した。 この日は5人の乗り手が登場し、「爪掛二本八艘」や「達磨遠見」といった華麗な伝統芸を次々と披露。最後は3人の乗り手が競演して締めくくった。
 出初式とは新年初めの消防訓練であり、一番おの見せ場である、はしご乗りは消防署員ではなく鳶職人がやるんですね。鳶職人の減少で後継者の確保が課題になっているようです。写真は花紀行様よりお借りしました。

moritaenn.jpgsanntomi.jpg     三富新田について

 三富新田(さんとめしんでん※)とは、江戸時代の元禄期(1668~1704年)に、武蔵川越藩が武蔵野台地に開いた三新田(上富新田、中富新田、下富新田)の総称す。                 ※三富は、地域によって「さんとめ」「さんとみ」と呼ばれています。

三富新田の歴史 

 元禄7年(1694)、川越城主・柳沢吉保(やなぎさわよしやす)は家臣・曽根権太夫(そねごんだゆう)に命じて、現在の埼玉県所沢市中富(なかとみ)・下富(しもとみ)、入間郡三芳町上富(かみとめ)の3地区を広大な畑地として開拓しました。元禄9年にこれが完成し、上富村148戸、中富村48戸、下富村50戸の合計246戸の村落ができました。三富新田は、1962年に旧跡として埼玉県指定文化財に指定されました。

整然と区画された地割

 地割は、幅40間(約72メートル)、奥行375間(約682メートル)の短冊形に区画され、一軒分の所持面積は5町(約49,500平方メートル)でした。これを道路沿いから屋敷・耕地・山林の順に仕切りました。さらに1戸ごとに耕作道を設け、そのあぜにはお茶の木や「うつぎ」を植えて境界とし、整然とした地割をつくりあげました。

 このイラストは7年前お役所の注文で作ったのぼりです。その当時こういう農家があるのをはじめて知りましたが、今ではカーナヴィで見ると細長い地割が短冊のように配置されている事が良くわかります。この農地で森の落葉で堆肥が出来て、農作物が実る循環型、エコサイクルな自給自足農業が完結するとのことです。
 中富の鷹の羽森田園はこの地域にあるお茶屋さんで、巾30m奥行き1300mという縦長の広大な敷地にあります。周りの家も同じような間口で、道路側からは建物、家屋しか見えないので、奥がどれほど深いのか窺い知れません。この度店舗を改築し、今まで以上においしいお茶を作って販売しています。

一松造園(半纏)

 一松造園.jpg            誇り高き一本の松のように


一松造園は埼玉県新座市にある外構・造園業者です。
スタートは2011年4月。代表である樋口夏樹社長の「お金のために無理な工期のの仕事をいい加減に行ったり、お客様のためにならない提案を行うのは嫌だ。職人として、心から納得のいく仕事が出来る集団を作りたい!」という想いが創業のきっかけです。
一松造園という屋号も、誇り高き庭師の象徴である「一本の松」を由来としています。
 造園業である植栽のみならず、コンクリ打ちや、タイル張り、敷石、石垣さらにモルタル造形も得意だそうです。
 半纏は植木屋、造園業という仕事によく似合うと思います。背紋の丸は漢数字の一を表しています。

 一松造園 埼玉県新座市馬場3−3−48    http://good.gaikoumitsumori.biz/ichimatsu/


 

川口マラソン晴れ晴れ(半纏)

12341210_1623009547960446_2992862526738677248_n.jpg12307597_1622846521310082_7763221490203965863_o.jpg     川口市のNPO法人ヒールアップハウスは、平成14年9月に「川口市精神障がい者家族の会」の願いから川口市に設立されました。 障害を抱えながらも、より豊かな人間関係をつくり、楽しく自分らしい生活をみつけ、社会参加することを目的に活動しています。

パンとクッキーのショップ「晴れ晴れ」 HAREBAREは障がいのある方の働く場所として、自分らしく働き、生活できる場所として活動しています。店のウリはというと以下の通りです。
Komugi(パンとクッキー) 埼玉県産小麦粉と国産小麦粉をブレンドしたオリジナル粉と白神こだま酵母の日本の食材を活かしたパン作り。
Kome(パンとクッキー)小麦粉と米分と豆乳のパン、クッキーは米のおいしさを活かした自然の甘みとほろほろしたやさしい食感が特長。埼玉県産狭山茶の風味を最大限活かした「茶葉丸、」繊細な甘さの「和三盆」。
Kami(かごと皿と紙袋)環境にやさしい再生紙から作られた紙紐のかごと皿。太さや長さの違う紙紐が1本1本重なり、つながることで無二のかごや皿になります。
直営店 川口市北園町12-20-103 東浦和駅徒歩15分 048-269-8288 
取扱店と出店  県内に取扱店多数、また一年中埼玉、東京のイベントに出店しています。www.harebare.org/

12月6日、第34回川口マラソンが行われ、晴れ晴れのスタッフ5人が3km!の部に出場、完走されました。写真は人力車の車夫でなく、出場記念に染めた半纏を着て、全力で?走っているところです。快晴に恵まれたマラソンデビュー戦でした。がんばれ!若者たち!

川越 天神囃子連(半纏)

 tennjinn1.jpg     太田道信、太田道灌親子により築かれた川越城、別名初雁城に隣接する三芳野神社は天神様と呼ばれ、童謡「とおりゃんせ」発祥の場です。

 ここ三芳野神社を練習拠点とする天神囃子の流派は芝金杉流。同市石田囃子連に所属していた郭町(くるわまち)の戸田鋸店様が中心となり平成22年に発足しました。
囃子連名は地元、三芳野神社の天神様に由来する。川越まつりでは掛け屋台で演奏。 川越市の山車の上でも演奏しています。子供の会員も多くて、練習に熱が入ります。
 神社の傍を通っているとき、ふと神楽囃子の音が聞こえると日本の原風景を覚えませんか?
 

 

 天神囃子の練習風景は川越styleのブログに詳しく載っていて、写真、説明ともに秀逸です。是非ご覧ください。

ameblo.jp/korokoro0105/entry-11638408379.html

狭山里芋増産倶楽部(半纏)

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毎日新聞 11月13日<Work the Earth>に取り上げられました。

 粘り気のあるクリーミーな新食感がくせになる--。埼玉県狭山市内で販売されている「さといもコロッケ」が地元で好評を博している。仕掛けたのは、若手の里芋農家たちだ。【山寺香】

 埼玉県は里芋の産出額で全国1位を誇る。中でも狭山市の里芋は高品質で、高級品として料亭などで使われるほど。一方で地元のスーパーに並ぶ機会は少なく、地域の特産品と知る人は多くなかったという。

 「地元の人に愛される特産品にしたい」と、市内の若手里芋農家7人が2010年、「さやま里芋増産倶楽部」(現代表は白倉崇弘さん)を設立。コロッケのレシピを食品加工会社と共同開発し、食品工場で加工して市内の精肉店などに卸すことで、地域の人に食べてもらえるようにした。

 子芋や孫芋に比べて硬く、「えぐみ」があると思われていたことから人気がなかった親芋をコロッケの原料にしたのが特徴。高品質の狭山の親芋は実はえぐみがなく、硬さがコロッケにはちょうどいい。里芋の収穫量の4分の1以上を占めながら出荷されていなかった親芋を有効利用し、コロッケの価格を低価格に抑えることにも成功。今では地域の新たなB級グルメとして定着した。同倶楽部の初代代表、奥富康雄さん(43)は「地域で喜ばれることで、生産者も誇りを持つようになった」と語る。

 同倶楽部は12年から、約40年前まで地元で盛んに栽培されながら、今ではほとんど作られていない「入間ごぼう」の復活を目指す取り組みも始めた。里芋と同じ畑で交互に生産し、7~10月の早い時期に収穫する。現在JAいるま野サラダごぼう部会の農家4軒が生産し、あくが少なく軟らかい特徴を生かして「ごぼうのピクルス」も商品化した。部会長でもある奥富さんは「里芋と並ぶブランドに育てたい」と意気込む。
 
狭山はお茶だけじゃないです。

毛呂山町のやぶさめ(半纏)

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 平成27年11月3日(祝・火曜日)、出雲伊波比神社で、秋の流鏑馬祭りが行われました。快晴の1日で、朝早くから馬場の周りには大勢の観客が集まり、午前9時ごろからの朝的、午後3時ごろからの夕的ともに大盛況でした。
 源氏・平氏・藤原氏を表したそれぞれの装束を見にまとった乗り子はいずれも町内の中学3年生男子が勤め、見事な馬上芸に会場中から拍手や歓声が沸き起こりました。 
 出雲伊波比神社の流鏑馬は、流派による武芸ではなく、地域の祭りとして950年以上前から受け継がれています。流鏑馬は春と秋の二回行われますが、春の騎乗は小学生入学前の男子だそうです。秋の流鏑馬は3つの祭馬区から1頭づつ馬が出され、リーダーである一の馬、続いて二の馬、三の馬と順位が決められていて、一の馬は白で源氏を、二の馬は紫で藤原氏を、三の馬は赤で平氏をあらわしているといわれています。射手は乗り子と呼ばれ11月1日から的宿といわれる宿舎で絣の着物で精進潔斎を続け、当日は袴姿に、花笠、大きな担ぎ物を背負い、それは凛々しくも華美な姿で美少年という言葉がぴったりです。
 写真は長瀬一区長鶴会、長鶴連、岩井髪結会(馬のたてがみを結う)の役員の方々です。

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