青梅大祭はゴールデンウイーク最中の5月2、3日に行われました。
青梅大祭に参加する23の囃子連のうち、19団体が集まって構成されているのが青梅囃粋會(おおめそうすいかい)です。電灯芸能の継承はもちろん、地域活性化のためのさまざまな活動も展開中。お祭りをさらに盛り上げていこうとの意気込みに燃えています。
 裏宿町の山車は町内の鎮守である魔利支天(まりしてん)の言い伝えを各所にデザインし、平成元年に新造されました。踊りは天狐お囃子は「裏宿囃子連」です。
 半纏は江戸伝統模様の籠目(かごめ)柄といい、水色地に黒で大きくはっきりとデザインしています。背紋はオレンジと白で囃子と表しています。

お釈迦様 坂鶴若鳶会(半纏)

DSC00042.jpg     DSC00049.jpg     例年5月5日こどもの日に、坂戸市の永源寺で釈尊降誕祭が行われます。

 永源寺は、江戸時代初期に開基されたと伝えられる曹洞宗の寺です。
 その後、文化10年(1813)黙室良要禅師が永源寺二十世の住職となり花祭りが盛行し、「坂戸のお釈迦さま」として知られるようになったようです。
 本堂前の花御堂の誕生仏に甘茶をかけて、無病息災、家内安全、商売繁盛を祈願します。市内外から多くの人が訪れにぎわいを見せます。
 半纏は坂鶴階子(さかつるはしご)という、坂戸市、鶴ヶ島市の若鳶組合が出初式に着るものです。地紋は算盤柄、または釘抜き柄といわれるものでしょうか?階と子を一文字で梯子と読ませるなんて昔の人のセンスは粋ですね。

常盤神輿会(半纏)

 常盤神輿會はさいたま市浦和区常盤の八雲神社を氏神とする氏子の神輿愛好会で、例大祭の際には大神輿を担いで渡御します。
 平成28年2月13日に浦和ワシントンホテルにおいて盛大な新年会が開催されました。

平成28年度より常盤神輿會四代目會長に就任致しました田中恵一です。
当會は平成6年に発會し今年で22年目を迎えました。
発會当初神輿の担ぎ手は150名足らずでしたが、現在では300名程にまで増え、 毎年7月の八雲神社例大祭を盛り上げております。
また、地域の同好会の方々との交流もあり、亀有西三睦・猿若町・北浦和西口・東口 さんの神輿渡御にも参加しております。 今後は、現場の意見を聞きながら私なりの考えで常盤神輿會の発展のために全力を注いでまいりますので、皆様方におかれましては、今まで以上のご尽力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。 
                             平成28年2月吉日
                             常盤神輿會 四代目會長 田中恵一

 !cid_6F63FB11-1B1A-43B4-8751-DA1C19E1AAEC.jpg             4月25日(土)・4月26日(日)に、入間市豊岡の愛宕神社で行われる春季例大祭にあわせて「おとうろうまつり」が行われました。おとうろうまつりでは天保7年に造られた志茂町屋台のほか数台の屋台が街に繰り出し、各戸に花傘鉾をつけた提灯を飾り、江戸情緒漂う祭りです。


 おとうろうまつりでは、賀美町(扇町屋第一区)、奈賀町(扇町屋第二区)、志茂町(豊岡第三区)の各地区から2台ずつの山車が参加し、両日をかけて会場と地区内を巡行します。
そんな山車の安全運行を司り、左右自在に操っている方々のことを「根取(ネトリ)」と言います。
 このほど写真の半纏を染めさせていただきました。入間市扇町屋第二区 奈賀町の根取(山車の舵取りをする)が着る半纏です。綿の紬で、エンジの地色、黒い文字です。
角を曲がるときや、倉庫や神酒所前、休憩時などに山車を更新させるときなどの舵捌きは大変見ごたえのある姿です。 山車の巡行を見学されるときは、根取の皆様の動きにも注目してみてください。

山海工業合資会社(半纏)

埼玉県志木市にある、 山海工業合資会社は、鉄筋取付工事 鉄筋積算 コンピューター基礎教育業務 ソフトウェアー開発・販売を行う建設会社です。http://www.sankai-japan.com
 
この度社員さん用の半纏のご注文をいただきました。!cid_41F31189-B48D-4F6A-A559-7CB752107380.jpg!cid_DE4A4720-D920-4CAA-8F69-EF13F9B08CEC.jpg

花かつお 轟屋(半纏・前掛け)

todoroki1.jpgtodoroki2.jpg    川越市内、中央通り蓮馨寺の隣りに、昆布、煮干し、削り節などの乾物が並ぶお店「かつお節 轟屋」があります。川越でも数少ない削り節、海産物、海苔の専門店です。直接ここで買い物をしたことがない人でも、川越で名の通った蕎麦屋、ラーメン屋、料理屋で食事をすれば、必ずここの乾物から採れたダシを使用した料理を食べていると言っても過言ではないでしょう。http://todorokiya.shop-pro.jp/

 江戸初期、川越東照宮の大火消失に伴い、再建のための資材を運ぶのに舟運が発達し、後に川越から主に年貢米、江戸からは日用品、乾物を運んできたと伝えられています。日持ちのしない魚介類は乾燥させ、内陸部の人々へ提供してきました。特に鰹節の登場は、川越の人々にとって衝撃的でした。それまで出汁をとる習慣がなかった味噌汁、うなぎ、そばなど料理全般、今までの食文化を激変させるものでした。
 今日では、安心、安全な天然調味料として、自家製の花かつお、鳥削り節、また全国から届く海産物の乾物を、店頭だけでなく、ネット通販でも買うことができます。
 半纏は、背紋にトレードマークの丸と、腰柄に、ペルシャ、ササン朝から伝わる海をイメージする青海波の模様を配置しています。

川越の箸屋「キッチン遊膳」(暖簾)

箸 寺小屋.jpg           飛鳥時代に中国・朝鮮半島より「神の器」として伝来、ピンセット型の竹製の折箸がそのルーツのため、箸という字が竹冠なのは、古来の箸が竹製であったためという説も。その後ピンセット型から今と同じ二本箸に、この当時、箸を使えるのは天皇だけと言われていました。奈良時代には貴族の間でも箸が使われるように、その後庶民の器へと発展。幕藩体制の江戸時代になると、塗り箸が発展普及します。各藩が藩の地場産業として塗り物を競って、漆器の産地がこの時期に確立し、それと同時に塗り箸も多様化します。江戸時代末期には裕福な町人や商人が自分のステータスとして塗り箸を使います。昭和30年代高度成長期には科学塗料が発達しカラフルな箸が市場を席巻しますが、現在は木地に近いシンプルで素材感のある箸(半塗、木地箸)がトレンドだそうです。また、箸の素材は素材は割り箸も含めても含めて中国、東南アジア、カナダカナダの木材が使われています。
箸より重いものは持ったことがない井上が調べました。箸にも棒にもかからないとも、よく褒められています?。
     

 川越蔵づくりの町並みの中に、箸専門のショップがあります。広い店内に「箸の美術館」といえそうなほど、老若男女あらゆる人、用途別に鮮やかにディスプレイされ、川越観光の目玉の一つになっています。
 暖簾は軒下と、太閤幕で、化繊の麻素材を黒紺で染めました。

手作り箸工房 きっちん遊膳

埼玉県川越市幸町5-4

 

049-299-7231

 

時の鐘マン(半纏)

!cid_17BA5277-1116-404C-9063-687DAEB12DE9.jpg!cid_F5A5E269-325F-4E06-80D8-007B2B3C2902.jpg          20数年前に所属していた川越青年会議所にいた時に作った半纏を、久々に目にしました。5度程追加して染めましたが、まだまだ現役で今の会員が着ていると嬉しくなります。もちろんまた追加していただければなを嬉しいですけれど。

 「時の鐘マン」という川越市を代表する?キャラクター。市内のイベントで度々目にする機会が増えました。この時は何のシーンかというと。

皆様こんばんは!

本日は、時の鐘マンLINEクリエータズスタンプのデザイン表彰式を埼玉県立川越工業高等学校にて行わせて頂いたぞ!

川越工業高等学校デザイン科の皆様を含め多くの皆様より素晴らしいデザイン案を頂いたおかげで、良いスタンプを完成することが出来たのだ。

本当に感謝だぞ! 

明日、J:COM様より取材頂いた模様が放送予定だぞ!
是非ご覧ください。

時の鐘マンLINEクリエーターズスタンプを通して、人びとの架け橋の機会が創られ、人びとの繋がりを促進し、まちのキャラクターや川越そしてまちづくりを意識できるデザインのスタンプを通して、その意識を高めることを目的とし販売致します。さらに、人びとの川越に対する愛着をさらに深めて頂き、長期的には、躍動する川越を創造することに繋げたいと考えております。

常盤神輿會(半纏)

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 常盤神輿會はさいたま市浦和区常盤の八雲神社を氏神とする氏子の神輿愛好会で、例大祭の際には大神輿を担いで渡御します。
 平成28年2月13日に浦和ワシントンホテルにおいて盛大な新年会が開催されました。

平成28年度より常盤神輿會四代目會長に就任致しました田中恵一です。
当會は平成6年に発會し今年で22年目を迎えました。
発會当初神輿の担ぎ手は150名足らずでしたが、現在では300名程にまで増え、 毎年7月の八雲神社例大祭を盛り上げております。
また、地域の同好会の方々との交流もあり、亀有西三睦・猿若町・北浦和西口・東口 さんの神輿渡御にも参加しております。 今後は、現場の意見を聞きながら私なりの考えで常盤神輿會の発展のために全力を注いでまいりますので、皆様方におかれましては、今まで以上のご尽力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
                             平成28年2月吉日
                             常盤神輿會 四代目會長 田中恵一

卒寿の風呂敷

  風呂敷紗綾形.jpg 紗綾形(さやがた)という文字から文様が浮かばなくても、この形は必ず目にしていると思います。「遠山の金さん」「大岡越前」など時代劇ドラマではバックの襖、武家の着物などでもお馴染みです。

この形をよく見ると、長く伸びた卍が繋がっています。卍は古代インドでヒンズー教の太陽神のシンボルや、仏教では釈迦の体に現れる吉祥の形とされ、功徳円満を表す意味として仏像の胸に描かれました。

卍が中国に伝わると万の字が当てられました。長く伸ばした卍であることから「長脚万字」、富貴が途絶えない「富貴不断頭」とされ、不断長久の吉祥文様として尊ばれたのです。

では、なぜ私達は紗綾形と呼んできたのでしょうか。それは江戸時代初期に中国から輸入された織物の多くに、紗地に綾組織で卍繋ぎが織られていたことに由来しています。

紗綾形はその後、婚礼をはじめ特に女性の慶事礼装の代表的な文様として定着しました。現代でも着物の白生地に最も多い地紋といわれ、紗綾形に四君子(梅竹蘭菊)の蘭と菊を配したものは格が高いとされています。
 この風呂敷はお父上の卒寿のお祝いにご注文いただいたもので、約90cm四方(二四幅)のシャンタンという生地で染めました。左下のマークはは「結び蔦」という紋で、初めて見ました。
 地紋も家紋もいかにも縁起の良さそうな風呂敷ですね。お祝いの引き出物にピッタリです。

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