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真鍋鹿島例大祭(真鍋のおまつり)が8月26日〜28日行われました。今年の当番町は東真鍋町です。

あづま会 辯天囃子は昭和59年発足、会員50名と、おおきな囃子連です。「やって楽しい、見て楽しいお囃子」を心がけています。
今年、半纏を新調しました。綿紬生地、本藍染、腰には櫻偏財天、背紋はひらがなであづま、衿は辯天囃子と弁天様紋、襟首に 東紋が入っています。

!cid_E86D5277-04E1-4244-9710-DC350BC1A01F.jpg!cid_D1C20D3C-2F33-48EB-A1B6-188C83F3A1D3.jpg!cid_80981811-6E72-4081-98E6-FFA33593F7E6.jpg!cid_348D147B-6846-44F2-8709-095170D3E776.jpg 豊玉氷川神社は、練馬区豊玉南にある氷川神社です。豊玉氷川神社は、創建不詳ながら、中荒井村の鎮守で、別当正覚院でした。主神は、当初北野神社、次いで須賀神社、そして現在の氷川神社へと遷移しています。明治5年には村社となっています。 

2年に一度氷川神社例大祭として豊玉連合町会6町会(豊玉第一町会・第二町会・第三町会・第四町会・西町会・豊玉北4丁目自治会)が、5基の神輿がそれぞれに町内ルートを渡御します.

 

中村橋阿波踊り つくし連(半纏)

!cid_AA84939C-937D-41CE-A683-0DA8179E4E06.jpg!cid_08A3D328-451D-410A-9E37-F30A0D9ACCD9.jpg!cid_722C7211-DD73-4D34-A3D2-BF8F690ECBB8.jpg!cid_8B7440E5-43FB-491D-BFA2-E1EDBB6F3653.jpg     昭和32年(1957年)に、高円寺の街の賑わいを求めて一つの商店街で始まった高円寺阿波おどりは今年60年を迎えました。徳島の阿波踊りは本家ですが、それに次ぐ高円寺阿波踊りは日本一の動員です。

 中村橋を拠点とする阿波踊りの団体、「連」といいます、「つくし連」が今年も参加しました。
つくし連は今年で35周年を迎えます。下は2歳から上は65歳まで、年度にもよりますが約60人前後が連に在籍しています。
 高円寺阿波踊り、都立家政阿波踊り、中村橋阿波踊りをメインに活動しておりますが、近隣のデイサービスや地域の夏祭り、教習所の感謝祭など、ちょっとしたイベントにも参加しています。

 以下、新聞の抜粋です。
 「東京高円寺阿波おどり」(報知新聞社、読売新聞社ほか後援)が27、28日の2日間、東京都杉並区のJR高円寺駅周辺で開催された。2日間でのべ約160連、約1万人の踊り手が参加した。沿道の観衆約88万人が声援を送った。

 同イベントは東京の夏を代表する風物詩として、広く親しまれている。東京都知事賞に「飛鳥連」、東京都議会議長賞に「もばら阿波おどり連友会」、杉並区長賞に「つくし連」、杉並区議会議長賞に「コムシスグループ連」、徳島市長賞に「葵新連」が選出された。

青梅 うらじゅく囃子保存会(半纏)

 1462411525806.jpg1462411512295.jpg1462411502479.jpg1462411462046.jpg1462411419680.jpg1462411396143.jpg1462411368980.jpg    5月3日 初夏を思わす晴天に恵まれる中、住吉神社 青梅大祭が、東京都青梅市 青梅街道の勝沼から日向和田の間で行われました。 通行止めになった青梅街道を12台の山車が、拍子木、手古舞を先頭に曳行します。この祭の見せ場は、なんて言っても山車と山車がすれ違うときの競り合いです。お囃子方が山車から身をのりだし、太鼓を叩き合います。住江町、本町、仲町、上町、森下町の五町は山車の上に人形が飾られていたが、現在は電線の関係で飾られなくなりました。その人形は現在でも大切に保存されていて、祭の2日間だけ各町内の飾り場に飾られます。

 「裏」とは「先」の意で、すなわち、青梅宿の先端にある町内で、裏宿1~2丁目で構成。住吉神社の氏子町内だが、青梅大祭には戦後から参加。住吉さまの他に、霞や雲や日の光を支配する摩利支天尊を祭る(裏宿神社)。江戸時代には七兵衛(しちべえ)が住んでいたという伝説が残っていおり、現在そこは七兵衛公園となっています。写真は裏宿町囃子連の皆様です。カゴメの総柄をを大胆にデザインしました。
すばらしい写真をいただいたのでアップします。

意外と知らない! 法被の洗い方

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法被の洗い方、ご存知ですか?日本人の伝統的な服飾文化は「和装」ですが、今では普段から着物に親しんでいる方はごくわずか。呉服屋さんや、和風旅館、料亭などでは日常的に着物姿を見かけるものの、あまり一般的とは言えませんよね。それでも日本人の意識に「和」の装いが潜在的にあるのは、夏祭りなど、時間が経っても色あせない記憶の中にお祭り装束が織り込まれているからなのではないでしょうか。とはいえ、お祭り装束の代表的アイテムである「法被(半纏)」を目の前にした時、やはり取り扱いに困るという声も目立ちます。所属する自治体から貸与された法被(半纏)を汚してしまったけど、どのように洗えばいいのか分からない。そういう方のために、簡単な法被(半纏)のケア方法をご紹介しましょう!

法被(半纏)を洗うなら……NGと基本を把握しよう

まず、法被(半纏)を洗う際のNGポイントをまとめて把握しておきたいところです。NGリストとその理由を解説します。
■主なNGポイント
・お湯で洗う
法被(半纏)は顔料プリントや染め付けのものもあるので色うつり、色あせしやすいのです。お湯を使うとより一層その危険が高くなります。
・洗濯機を使う
法被(半纏)は非常にデリケートなアイテムなので、洗濯機の負荷に耐えられない可能性があります。型崩れや破損の原因になるので、洗濯機の使用は避けましょう。
それでは、ここからは実際に法被(半纏)を洗う「基本」です。順を追ってご説明しますので参考になさってくださいね。
■法被(半纏)の洗い方
1・色落ちのチェック
不要な白い布を濡らして法被(半纏)に重ね、軽く叩いてみてください。それだけで色うつりするようなら自宅では洗えません。
2・中性洗剤を使用した短時間手洗い
中性洗剤を温度低め、かつ多めの水に薄く溶き、さっと短時間で手洗いしましょう。他の洗濯物と混ぜるのは厳禁です。
3・水から引き揚げたら即座に干す
水濡れ時間は短ければ短いほどいいので、とにかく素早く干してください。型崩れしないように、衣紋かけや平らに干せる台を用意しておくといいかも知れません。

法被(半纏)を洗濯したら活かしたい「乾燥」の小技

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洗濯機の脱水機能や乾燥機能を使えない衣類ってありますよね。ファッションにこだわりがある方なら心当たりがあるはず。法被(半纏)も同様だと考えてください。安易に洗濯機で脱水はできないけれど、長い間湿らせておくのも望ましくない、そういう時にはおすすめの小技があります。法被(半纏)以外のアイテムにも使える方法なので、ここで覚えておくと便利ですよ!まず、乾いた白いバスタオルを2枚用意します。これを広げて濡れた法被(半纏)を挟み込み、バスタオルに水気を吸い取らせるのです。簡単ですよね。この時、法被(半纏)のパーツが重ならないように形を整えておけば、色うつりや型崩れの心配もなくなります。

いかがでしたか?
バスタオルを改めて洗濯する手間は増えますが、少なくとも洗濯機にお任せできる点では気楽なもの。余分な水気をできるだけ取り去ってから干せば、法被(半纏)が濡れている時間は最短に抑えられます。
この方法は夏の定番アイテム、水着などのお手入れにも活かせますから、ぜひ試してみてくださいね。

 

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お祭りイベントでお神輿が出ると、担ぎ手はみんなそろいの衣装を着ていますよね。おそろいの半纏・法被はお祭りに参加する資格があるという証明書の役割を持っています。初めてお祭りに参加する方のために「お祭りの準備」についてご紹介します。ぜひご参考になさってください!

お祭りイベントの最盛期、夏から秋にかけては日本の全国各地でお神輿が街々を渡御しますが、お神輿の担ぎ手には「制服」がありますよね。小さなお祭りでは私服の担ぎ手を受け入れるところもあるようですが、日本を代表する「三社祭」や「鳥越祭」「神田祭り」のように長い伝統と格式を持つお祭りに参加するのであれば、事前準備が欠かせません。紋の半纏はいつでも自由に入手できますが、祭り半纏については通常の取り扱いがないからです。

お祭りに参加するなら知っておきたい! 事前に準備すべきもの

お祭りイベントの制服、祭り半纏は、そのお祭りに参加する正式な資格を持っていることを示す重要な身分証明なのです。そのためお祭りの主催者や町会の役員、管理者に参加の意思を表明して、貸し出し、あるいは販売してもらいます。ただし、「制服」としてはさらに付属のアイテム――ダボシャツ、股引、地下足袋を用意する必要があります。お神輿を担ぐのに土足は厳禁。かといってはだしや下駄で臨むわけには行きませんから、これらのアイテムをそろえるのはマナーだと思ってください。

新たにお祭りに参加したい人はどうすればいいのか

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お祭りでお神輿の担ぎ手に加わるには資格があるということですが、それでは新たに参加したいという場合はどうすればいいのでしょうか?

■新たにその地域に引っ越した場合
隣近所や地域の世話人に、町会のこと、お祭りのことを尋ねてみましょう。制服となる半纏、場合によっては股引やまわしにまでアイテムの指定があるので、町会の責任者に紹介してもらって手続きを行います。
■その地域に引っ越したわけではないけど参加したい場合
お祭りを主催する地域の人に相談して半纏などの「制服」の貸与手続きを頼むか、その地元町会に相談してみましょう。格式あるお祭りでは参加に制限を設けている場合もあるので、興味を持ったお祭りがどのようなものなのか、事前にある程度調べてから打診してくださいね。

関西のお祭りでは「法被」を用いることもある

関東のお祭りに際して自前で用意しておきたい最低限のものは以下のラインナップです。
・鯉口シャツ
・腹掛け
・股引(半股引)
・地下足袋
・ダボシャツ
・ダボズボン
半纏と回し、ボトムまで貸与形式のお祭りが多いので、一般的には自前のアイテムはこれらでまず事足りるはず。ちなみに、お祭りで着用するのは通常「半纏」ですが、関西では胸紐と襟の折り返しがある「法被」を用いるところもあるのだとか。いずれにしろ制服としての半纏・法被は個人では購入できないようになっているので、先達にきちんと問い合わせるようにしてくださいね。

 

民家工房常栄「元の家」(半纏)

13434808_1087233711316078_2143935705212027554_n.jpg    「はじめのいえ」と読みます。
昔からのお客様で、建設会社の社長、山本常美氏は本業以外にも、畑で耕作、味噌作り、養蜂、林業で森作り(たぬきの森)など幅広く活動しています。半纏のご注文を賜り、着ている写真を見つけましたので掲載します。半纏は硫化染料による浸染で、生地は丸紡24貫です。

民家工房 常栄は神奈川県産の木を構造材と内装材に積極的に利用しています。住んでいる人が構造材を見ることができように室内化粧とすることで、自然素材による木組みの家のすばらしさを実感してもらえるように心がけています。

住み人の快適さを求める為に、断熱材は【セルローズファイバー】を採用しています。
念入りに断熱が施され、各部屋間の温度差が少なく、結露が発生しずらい住空間は人に優しく、構造体にも優しく、長持ちします。また、大きな材料を使用することで、将来、再築する時のごみを減らし、環境に負荷をかけずに、再利用、処分ができます。地方に育んできた森林、その森は空気や水に、そこに住む人に、多くのものをあたえてくれます。しかし、現在の多くの建物は工業化した建材を多用しており、その結果として、森林が手入れされることなく放置されているのが現状です。
私ども常栄は、工業製品を極力使用しないで” 手刻み”、” 手仕事” で家を造るこれが森との共存だと思います。
日本伝統工法と自然素材による安全・安心の健康住宅が私の責任と誇りです。
HP:http://www.jyouei.co.jp/

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半纏(はんてん)の歴史は江戸時代に花開きました。特に広く着用されるようになったのは18世紀頃からだと言われています。都市圏の庶民の中でも特に職人や商店の販売員など、肉体労働者の作業着として普及していたのです。半纏は労働者の制服でもあり、その姿からどこの所属か分かるように定紋や屋号が染め付けでデザインされました。ちなみに「定紋」は家ごとに異なる紋章のこと。家紋とも言いますね。「屋号」は言うまでもないでしょう。すなわち商号であり、会社では会社名。商店では小店名の意味です。ただし、日本では屋号もまた「紋」で表現するケースがあります。羽織の簡易版として作られた法被、その法被のさらに庶民版として作られるようになった半纏。この経緯に含みを持たせて半纏を「窮屈羽織」とも呼んだそうです。

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半纏にはさまざまな種類がある

半纏はもともと法被のコピーとして生まれたもの。法被は羽織の簡易版であって、丈やつくりに決まりがありませんでした。そのため、半纏もまたデザインは自由で、非常にたくさんの種類や作られたのです。主な半纏の種類は「広袖半纏」「角袖半纏」「筒袖半纏」「印半纏」「綿入れ半纏」など。印半纏は先に述べたように労働者階級の正装として用いられていました。職人、火消し、商店の販売員など、歴史に残る「印半纏」の代名詞だったような職種では現在でも着用している姿を確認できますね。とはいえ着物が日常着ではなくなった昨今では、消防隊員の半纏は「晴れ着」に相当します。歴史の流れに沿って衣類のあり方も変わる。そういうことなのでしょう。この中で、半纏の一種に数えられる「綿入れ半纏」だけが特異的な存在です。表地と裏地の袷(あわせ)で作られており、布の間に綿を仕込んで襟に黒繻子をかけたもの。それが綿入れ半纏です。時代劇などで目にするほか、今でも冬になると衣料品店の店頭に並びます。法被と半纏はやはり類似点が多いため混同されることが少なくありません。ですが、仲間に「綿入れ半纏」があるところを見ればその違いは明らかなのではないでしょうか。 

半纏と法被の明白な違いは? 

半纏や法被は、現代ではお祭りなどの際に見かける以外にはそうそう接する機会がないものです。それでも、それぞれの特性を知っておけば、いざ目にした時にも「ああこれが半纏というものか」を納得していただけるはずです。
■半纏の特徴
・法被よりも丈が短い
・法被よりも袖が短い
・襟の折り返しがない
・屋号や定紋が染め抜きになっているものもある
・胸紐がない 

■法被の特徴
・襟の折り返しがある
・半纏よりも丈が長いものが多い
・半纏よりも袖が長い
・胸紐がある
・背中と裾回りに家紋が配置されている 

裾回りや背中の家紋については現代に至るまでに「身分」による制限が取り払われたため、デザインによる半纏と法被の差別化が難しくなっています。丈についてもはっきりした規定があるわけではありませんし、大きなサイズを選ぶ方が多いのであまり見分ける手がかりにはならないかもしれません。明確な相違点としてはやはり「胸紐」と「襟の折り返し」が有力でしょう。

イベントなどの際に、ちょっと目を引く半纏姿を見かけたらぜひ「胸紐」と「襟の折り返し」を観察してみてください。今では珍しい法被姿が見つかるかもしれませんよ。

志木市 宿組若連(半纏)

 13769406_1136024449787904_7396076932382363666_n.jpg13718610_1136628886394127_5286056837572912044_n.jpg     埼玉県志木市中宗岡の天神社(八坂神社)を活動拠点とする氏子中、お祭り好きの若者が集まる「宿組若連」のコミュニティ。7月の夏祭りでは神輿渡御、12月はダルマ市を開催します。毎月神社の清掃、掃除もし、地域との交流を図っています。

 

ooikamigumi.jpg     ふじみ野市(旧大井町)では毎年7月24・25日の大井の天王様,その翌週の日曜日に「おおい祭り」が行われます。昭和30年代ごろまでは川越街道沿いに露店が建ち並び、近在の村むらから多くの見物客でにぎわいました。木組みの屋台は上部が回るつくりで、花や提灯(ちょうちん)で飾られます。ヤタイ(狐の踊り)、ひょっとこ・おかめの踊り、獅子舞(ししまい)など多彩な演目で見物する人を魅了します。
 大井氷川神社は森のある大きな神社で、この地域の鎮守として崇敬されていて、四つの囃子連(上組、旭、苗間、亀久保)が継承されているようですが、最も古い「上組囃子連」様の半纏を作っていただきました。生成りの綿紬生地に吉原繫ぎの総柄です。

以下上組囃子連の紹介です。

上組囃子の流派は不詳だが神田囃子であるという。

囃子連の発足年代も不詳であるが、恐らく明治頃であろうとのこと。
もとは旭囃子保存会という囃子連であったとされ、明治頃
(いつ頃かは不詳)、この上組と旭(中組、下組)とに分かれたという。
山車(屋台)は4つ車、唐破風付きの屋根を持つ屋台型の山車で廻り舞台を
擁する。梶はなく、2本の太い棒を使い、車体を歪ませて進行方向に
変化を与える。カナテコによる補助も入る。作者、製作年ともに不詳。

 

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